此岸発彼岸行最終列車


「怖い話をしようと思う」





 無人の駅の構内で、ベンチに並んで座った彼女は突然そんなことを言った。
 時刻は深夜の十二時を少しまわった頃で、僕は次の最終電車を待っていた。つまり、怖い話をするにはある意味最高の時間帯で、ある意味最悪の時間帯。夜中にホラゲ実況見るべからず、深夜のB級ホラーファッキンキルユー、な僕にとっては、その誘いは絶対に乗りたくないものだった。だから、僕は当然の如く首を横に振ったのに、彼女は話を止めなかった。

「昔々あるところに女の子がいました」
「あ、僕の意志は無視ですか……」

 地下にある駅のホームに、女の子の声はとてもよく響いた。無人なのでそれはもうことさらに響いた。運が良かったのは、そのしゃべり口調がコミカルなおどろおどろしさに満ちていたことだ。

「女の子はちょっと内気なキャラクターで、間違っても私みたいに軽々しい性格ではありません」
「はぁ」
「マンガとゲームとアニメをこよなく愛して、ちょっと腐敗した程度の、どこにでもいる女の子でした」
「それは僕の中の『どこにでもいる』という定義とはちょっと違う気がするけれど、まぁ聞いてあげよう」

 僕はだんだん面倒くさくなってきてそう言った。
 そういえば、あまりにもバカバカしかったので忘れていたが、僕は今日、ナチュラルかつドラスティックに人生に疲れて、今日この日を人生最後の日にしようと思い、最期にしこたま飲んできたのだった。
 本来は酔っぱらったまま心穏やかに死ぬつもりだったのに。それでも、この女の子からは明らかに面倒くさい雰囲気が漂っていたので、僕は人生最期の情けだと思って、おとなしく話を聞いてやる姿勢をとった。

「そんな女の子なのですが、ある日突然死んでしまいました」
「展開早いな……なんか原因とかないの?」
「そこは結構どうでもいいんだよねぇ。なんか失恋とかだった気がする」
「雑か」

 話の主人公である女の子がいっそ哀れに思えるくらいのぞんざいさで女の子はそう切って捨てた。
 というか、そういう『怖い話』って、死んだときの恨みとかつらみとかが怖さに繋がっていくんじゃないのか? と思ったが、女の子はまるで無視して話を続ける。

「それで、女の子は死んじゃったわけなんだけど」
「あぁそのまま続けるんですね……」
「女の子は死んだ後、あることに気がつきました」
「おっ」

 ようやくホラーらしくなってきたじゃないか。ホラーなんて聞きたくもなかったけれど、ここまで肩すかしを食らうと興味もそそられるというもの、僕は耳をそばだてた。そのリアクションに、若干女の子も嬉しそうにしつつ続ける。

「なんとその女の子は……」
「……」
「女の子は……」
「……」

 いやタメるんかい。
 話したくてたまらないって顔してそこでタメるんかい。

「……女の子は?」
「女の子は、なんと……」
「……なんと?」

 まだタメるんかい。
 たっぷり十秒ほど貴重な時間を浪費して、女の子はようやく口を開いた。

「中学二年生の頃から使っていたTwitterのアカウントを消さずに死んでしまったことに気がついたのです……」
「……」
「どうです……怖いでしょう……」
「めちゃくちゃ怖くて鳥肌立ったわ……」

 正直お化けより怖い。
 その光景を想像して僕は思わずごくりと生唾を呑んだ。

「その女の子は、今もその未練を引きずって、夜な夜な街を徘徊しているのです……」
「ヒィ……」
「『誰か私のアカウント消してくれませんか?』『誰か私の黒歴史を葬ってくれませんか?』」
「やめろ! やめてやれ! そんなっ、他人の黒歴史をホラー話に改変して楽しむなんて!」

 そんなの極悪非道の畜生か、オタクをネタにして楽しむパリピがやる所行じゃないか! 僕は激怒した。必ずかのアカウントをこの世から抹消せねばならないと決意したのである。
 女の子はたっぷりうんうんとうなずいてから、懐から小さなメモを取りだした。

「さらにこのお話には続きがありまして」
「はい」
「これがそのアカウントになります」

 そのメモには、アットマークから始まる英数字の羅列と、数字とアルファベットが大小合わせて書かれてあった。
 きょとんとする僕に、女の子はにっこり笑う。

「実はこのお話は実話でして」
「はぁ……はぁ!?」
「コミュ障で内気だった女の子は、それが原因で自殺をしてしまうんですが、無計画に死んでしまったせいで、アカ消しを忘れていたんです。『死んでも死にきれねぇ!』その一心で、女の子は気合いで成仏を免れました」

 そうして笑った彼女の足は透けていた。
 そうだ。僕は最初からちゃんと認識していたのだ。
 この駅は無人の駅だって。

「なんとか黒歴史を抹消すべく、いろんな人になけなしの勇気を振り絞って声をかけ続けた結果、女の子のコミュ障は無事完治しました」
「なんというか荒療治」
「女の子は話しかけることも明るく振る舞うこともできるようになりました。今となっては、なぜあの瞬間死のうと思ったのかすらバカバカしくなるくらい、女の子は成長したのです。
ですが、そんな女の子の話を聞ける人は今まで誰も現れなかったのでした。なぜなら彼女は死んでいるのですから」

 彼女は明るい声で続けた。

「彼女は死んでから大切なことに気付きすぎました。取り返しのつかないものが多すぎて、多すぎて、取り返しをつけようとさまよって、長い間さまよって、どうにもならないことに気付いて、嘆いて、そうしてようやく」

 女の子は透けた掌で、僕にそっと紙を握らせた。

「ようやく、今日、とうとう現れた、奇跡のようなあなたに、幽霊の女の子は頭を下げて頼むのです。『どうか私の黒歴史を消してください。お願いします』」

 彼女の中学二年生から現在にいたるまでの歴史が詰まった小さな紙片は、たとえその色が黒くたって、彼女の勇気の結晶なのだった。

「これで私の怖い話はおしまい。どう? 怖い?」
「うん。身につまされるような恐ろしい話だったよ」
「そう」

 彼女は笑って、僕から一歩二歩、距離をとった。
 まもなく電車が参りますと、女の人の音声がスピーカーから聞こえてくる。それに、ふっと視線を持ち上げると、次の瞬間女の子は消えていた。





「これで、僕の怖い話はおしまいです」


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