そして全ては動き始めた




 立派なビルの一角の、これまた立派な会議室に、大勢の大人達が座っていた。

 綺麗なガラス製のテーブルに、柔らかそうな回転椅子に座った初老の男性が苦々しげに言葉を紡ぐ。

「――――本当に、この法案を可決する気なのか」

「当然でしょう」

 一人の男性が声を上げる。

「いまや、旧東京都を含む日本の中枢、東京圏の治安は劣悪です。動かせる人材がない
今、この方法以外にどうやって日本を守る気ですか」

「私は反対です」

 はじき返すように若い女性が言った。フレームレス眼鏡の奥の双眸を細め、男性を糾弾するかのように叫ぶ。

「この法案は、確かに今の状況を改善するにはこれ以上にないものかもしれません。ですが、あまりにも非人道的すぎる……!」

 ばさ、と叩きつけられた資料のタイトルには、“治安維持及び合法的戦力保持についての法律案”と書かれてある。

 一番奥の席に座っていた女性が立ち上がってその資料に目を通した。見るからに上品そうな、しわを刻んだ老婦だ。

「私はこの法案に賛成です」

「しかしですね、総司令……」

「日本は、十年前より続く東西紛争の所為で大きな痛手を負っています。背に腹は代えられない」

 腕を組み、その上に顎を乗せて、かつて紛争を東軍側の勝利に導いた英雄は苦々しげにつぶやいた。

「ただし、条件があります。この法案を可決するには、一つの条件が」

「何でしょうか、司令」

「それは――――」






 2112年に始まった東西紛争は、2122年に一応の終戦を迎えた。

 死者二十万、負傷者多数もの被害を出したその紛争は、平和の国日本の信頼を大きく揺るがす戦争として近代史に深く刻まれる。

 そして、紛争による経済的被害以上に甚大な、日本にかつて起こり得なかった問題が起きていた。

 戦災孤児の犯罪者化だ。

 そして、時は過ぎ、2125年。この問題を解決する画期的な法案が、日本政府防衛部総司令の名によって可決される。

 その裏に、たくさんの秘密を隠して。

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