短編(ハンター) | ナノ
今楽に死ねるのならそれも良いかもね [ 1/4 ]

ああ、私はなんて運がない。

私には他人のような恋人がいる。彼は今世間を騒がしている幻影旅団という盗賊の団長だ。
一番偉い人、つまり一番悪い人なんだねと言ったらニヤリと笑う人。
彼はとてもモテる。所謂プレイボーイ的な女大好き男だ。なんで私もこんな人のこと好きなってしまってしかも付き合ってしまったんだろう。
彼は私の脱力しながらのりくらりと世間に興味がまるで無く生きるところが好きだと言ったけど、私も血の通う人間であって体温があるわけだ。
彼と付き合っているという事実があるように恋愛感情はあるし、それに伴い恋人を束縛したいとか会えないと淋しいとかそういう女々しい気持ちも持っている。
なのに彼ときたら私なら大丈夫だろうと踏んでいるのか1ヶ月連絡がないことはざらだしひどい時には半年会わない事もある。
会っていない時間等を含めると彼との付き合いはおよそ4年になる。
勿論彼が仕事で忙しい事も知っているし、変態で本の虫で趣味に忙しい事だって知っている。
だが、普通ならば1ヶ月連絡が来ない時点でそれは恋人関係としては破綻しているように思えるし
もう自然消滅したんだなぁ…とか思っても不思議ではない。
なのに彼は傷心している所にまるで昨日の夜キスをして別れたような雰囲気で連絡を寄越し、今から会おうなんて気まぐれに誘ってきたりするのだ。
私が「なんで?」と聞くと、「だって俺らは恋人同士だろう?」とか言ってしまうのだ。
そして私もそんな彼に流されここまで来てしまっている。これが私が彼のことを他人のような恋人と呼ぶ所以である。


「…なんで、好きになちゃったんだろう」


彼の適当な扱いにも慣れている私が思わず声に出してしまう出来事があった。

私がいつものように予定のない休日を家から少し離れたカフェで過ごそうと訪れた時のこと。
店員さんに注文をして、本を読む前にトイレに行っておこうと席を立ち用を済ませてからトイレから出ると私の座っていた席とは少し離れた席に2ヶ月半ぶりに姿を見る恋人が座っていた。
そしてその隣を見ると目がくらむようなブロンドヘアーが揺れていた。ちらりと見える唇とまつげは挑戦的で男が好みそうだった。スタイルも見事にボン、キュ、ボンである。

これは世に言う”浮気現場”とは少し違う。それは、彼と私の関係が他人の様な恋人だからだ。こんなこと想像できなかったわけではないし女好きのクロロがしないはずがないのだ。
だが、想像するのと実際見るのでは全然違う。流石に色々溜め込んでいたものが腹の底から湧きあげてきた。どす黒い感情はとめどなく瞳から湧き出て止めることが出来ない。
こんな時でも彼は、「恋人同士だろう?」と笑うのだろうか。


ああ、ほんと私はついていない。



「…お客様?」


大丈夫ですか?と、通ううちに挨拶を交わすようになった名も知らない男性店員が心配そうにハンカチをを差し出してきた。
トイレの前で取り乱してしまった自分が恥ずかしくなり、ハンカチは受け取らずにお礼を言う。
涙で流れたメイクがハンカチを汚してしまうのは何だかはばかられた。



「ありがとう。でも汚れてしまうからこれは気持ちだけもらっておくわ。」
「そうですか…何か出来ることはありますか?」
「…いえ、大丈夫。でもごめんなさい、今日は帰ることにするからチェックしてもらってもいい?」



流石にこの空間でランチを食べてお茶をしながら本を読む勇気は私には無い。
男性店員が「かしこまりました」とレジに向かったのをみて私もその後を付いていく。レジに行くには彼らが座る席を通らなくてはいけないが、仕方ないだろう。
深呼吸をして出来るだけ前を見て何事もないように横を通り過ぎるが、見てしまった彼の目を。
少し驚いたようにこちらを見ていたが、すぐに隣から声が聞こえて何事もなかったように返事をして視線を外される。


…これで終わりか。


私たちの終わりには丁度いいかもしれない。この4年間私は都合のいい女だった。それだけの事だ。


「バイバイ、」




「おい」

何もなくそのまま通り過ぎるはずだった。彼に腕を掴まれるまでは。
その場の空気が凍りつく。


え、ちょっと…やめてよ。私は修羅場とか望んでないんだけど。


「ハナコ」
「はな、してください」
「なんで?」
「なんでって…」


こいつ、こんな状態だというのに「恋人なのに」とかいうつもりなんだろうか。


「ばっ…かじゃないの?」
「何がだ。」
「わた、私みたいな都合がいい女すぐ出来るでしょ?いいじゃない、その子と”恋人”になれば」
「…ああ、なるほど。」
「なに」
「シズクもういい。今回は別の方法を考えることにする」
「え?もういいの?じゃあこれ脱いでいいよね、蒸すんだよね」

クロロから聞き覚えのある名前が聞こえたと思えば隣に座っていた人物はブロンズヘアーを取った。そしてポケットからメガネを出してかける。
…え、取った?っていうか…


「え、シズク…?」
「うん、ハナコ久しぶり」
「そういうことだ」

くく、と楽しそうに笑うクロロが意外だなと私の手を引く。


「え、ちょ…どこいくの…ってお金も払ってないし!」
「ああ、シズク払っておいてくれ。後で倍で返す」
「えー、まぁいいけど」
「ご、ごめん!シズク!」
「いいよー、また遊ぼうね、ハナコ」



ブロンズのウィッグを片手に手をヒラヒラとふるシズクを片目に前を歩くクロロの背中を見る。



「今日は、仕事の下見だ」
「え…。」
「お前がいるのには気づいていたが、後で説明するつもりだった」
「…ごめん」
「そんなに悲しかったか俺が他の女といることが」
「え」


仕事の邪魔をしてしまった。申し訳ないことをしてしまったと反省しているとクロロが急にとまって私の方を見る。


「なん、」
「だから、俺がお前を裏切って他の女と腕を組んで歩いていたことに泣いていたんだろ?」
「…」
「意外だった。」


私が嫉妬しないなんて思ってるんだろうか、私がずっとほっとかれても割り切れる女だって?


「わた、しだって!普通の人間だから…そういうふうに思うことある、し」
「お前がそんなに俺に興味があるなんてな」
「…は?」


何を言ってんだこいつ…4年間私がどんな気持ちでこのよくわからない関係を続けてきたと思ってんの!?


「す、きに決まってんでしょ!馬鹿なの?付き合う前からずっと好きよ!だから嫌われたくなくて、会いたいとかそういうの言わないように、」


しまっ、た…。思わず声に出して言ってしまった。こんな気持ちずっと黙っておこうと思ってたのに。


「う、嘘!嘘だよ、今の」
「なんだ、嘘なのか?俺はそっちのがいいけどな」
「え、」
「そんなお前も嫌いじゃない」
「…だって、冷めた私が好きっ…て…」
「ああ。だが、そうじゃないと駄目とは俺は言ってないぞ」
「そ、そうだけど…ええ…今までの私は…」


何に意地を張ってきたのよ…。

体から力が抜けて思わずその場に座り込みそうになるが、クロロが掴んでいた腕をぐいっと引き、空いた腕を腰に回す。急に距離がなくなった体が思わず強ばると耳元の空気が楽しそうに揺れる。



「さ、ハナコどうして欲しい?」
「〜っ…ばか」
「お望みのままに」


耳元で呟かれた声に幸せを感じてしまって。



そうね、今楽に死ねるのならそれも良いかもね


title:揶揄


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