ハンター | ナノ
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それは、殴り付けるように雨が降り風が木々を激しく揺さぶる嵐の日だった。
空を覆う厚い雨雲のせいか、昼間でも薄暗いこの屋敷内が更に暗く
昼間だというのに電気をつけなくては本が読めないほどだった。


「…うおっ、また光った…。この屋敷の不気味さが相まって怖すぎるんだけど…」


雷が部屋を一瞬明るくして、時間差で何処か近くに落ちたのか窓を揺らすほど落雷音が鼓膜を揺らした。


「…っ怖。こわいぞ、おい。こういう時に限ってキルアくん遊びに来てくれないなんて…」

今日みたいな日に限って一通りの仕事は済んでしまっていて、
忙しい時はひつこいぐらいなのに、今日は誰にもノックされないドアを恨めしく思う。
ため息を吐き読んでいた本に栞をさして、パーカのフードを被り携帯を開く。
こんな時は布団に潜って誰かと長電話するのが一番いい。


「誰と話そうかな」


携帯の電話帳から誰に連絡するか探していると、
ドアがノックされ思わずびっくりして携帯を落としてしまう。
慌ててベッドから降りて携帯を確認する。動作に問題はなく特に壊れていないようだ。
安心して扉に近づき一応気配を探ると、訪問者はどうやら使用人のようだ。
ドアノブを回し控えめに顔を覗かせると、そこには思った通り使用人が立っていて
目が合うと深々とお辞儀をした。

「はい、」
「失礼いたします。」
「あ、はい。どうぞ。すいません、こんな格好で…」
「いえ、お休み中のところ申し訳ありません。ハナコ様、ミルキ様がお呼びです。」
「…え、ミルキくん、ですか…?」
「はい」
「珍しいですね。あ、私部屋どこにあ」
「ご案内致します」
「…お願いします。」

無駄がない会話を一旦終え、身支度を始める。
若干言葉を遮られたような気もするが まぁ、ゾルディック家だから仕方がない。

軽く身支度を済まし使用人の後を付いていく。
スタスタと前を行く背中を見ながらミルキくんの部屋って確か…
と最近おぼろげになってきた記憶を辿る。

PCとフィギュアとゲームの引きヲタって感じかな。
そのぐらいの知識しかないわ、彼に対して。
あと、性格が湾曲している。ああ、これは彼に限ったことではないか。

この屋敷に来て、半年は経つがミルキくんとの交流はほぼない。
たまにすれ違っても完全に空気みたいな扱いされるし
恐らく嫌われているんじゃないだろうか。
話をするのはもしかして自己紹介ぶりかもしれない。

「うーん」

実に気まずい。こんな時キルアくんとかイルミさんとかが居てくれれば
一緒についてきてもらうのに、今日彼らは揃って大仕事に行ってしまったのだ。
暫く帰ってこないという話だった。

何か嫌な予感がする…

地下に続く廊下を歩いて行く途中にある窓を見ると
また空が光り私たちの影を作り出した。
背筋が凍る様な感覚に身体を抱え込むように腕をさする。

こわ、こわい。

まるでこれから何かよからぬ事が起こると予言しているかのように
視界に入った一本の高い木に雷が落ちた。



――



使用人の案内で私は薄暗い廊下を歩き、ミルキくんの部屋までやってきた。
そして私を部屋の中に入れると直ぐに使用人は何処かに行ってしまい
コミュニケーション不足の人物と二人きりにされ、あまりの気まずさにニコニコと作り笑いをすれば気持ち悪いと言われ、なんなのこの家族と思っていたところに無言で布の塊を投げつけられた。
無言で「確認しろ」という視線を送られ、仕方がないのでその塊を開いてみると、それは衣類だった。しかもそれは忍者の衣装だった。
私が予測するからにこれはくのいち仕様。

つまりコスプレか!
なにこの丈、スカート?短い!完全にギャルゲじゃないですか。
こんな動きづらいくのいち実際に居てたまるか。

「…?」

しかし、これがなんだというのだろう。
まさか…これを着ろなんて、


「ソレを着て暫くオレの専属使用人になれ」


まさか、だった。

私は大変困惑している。
棚にはギュウギュウに押し込められた多種多様なフィギア達が並び
私とちょうど同じぐらいの背丈でありえない程ナイズバディな人形と並んで立っている私。手には布が足りないくのいちの衣装。

なんだこの状況は。

ナイスバディちゃんと少し距離を置き、
私を困惑させた一言を発した人物に一歩近づいた。


「…あの、もう一度伺っても?」
「お前馬鹿だろ。同じことを何度も言わせるな」
「…」
「ソレを着てオレの言うことを聞け」
「は?」
「それと、オレの事は”主”と呼べ。わかったな。」


こいつだめだ、早くなんとかしないと。
白目をむく勢いでここに来てしまったことを深く、深く後悔している。
なんであの時仕事が忙しくてと嘘をつかなかったんだ私。
嫌な予感的中じゃないか。
なんか力が抜けるわ、バカバカしくて。


「あの、ミルキくん?」
「…」
「私着ませんよ?それからアナタの使用人もしません」
「お前ゾルディックに雇われてんだろ!」
「あー、確かに雇われていますが私の仕事は他にあります。ミルキくんもご存じですよね?宜しければ契約書お見せしましょうか?」
「必要ない。契約書は俺が作ったから内容は知ってる」
「…じゃあ、」
「契約に無いことをしてるじゃねーか。キルアと遊んだりカルトと遊んだり」
「あー…」

お前いくつだよ。
そう言葉に出さずに、代わりにため息を吐く。
これだからお坊ちゃんは嫌なんだ。


「…わかりました。分かりましたけど。この衣装である意味は?」


さも嫌そうな私の問いにミルキくんはふん、とまた何かを投げつけてきた。
投げつけられたソレはプラスチックのケースで、どうやらゲームのようだ。
パッケージを確認すると予想通りのギャルゲで、胸が無駄にでかいくのいちがこちらを見ている。

…つまり、現在はまっているゲームがこれで
画面の向こうでは飽き足らず3次元で体験したいと、そういうことですか。

自分の目が冷めているのがわかる。
何を言ってるんだこいつというのが口に出さなくても
自分から出る雰囲気で伝わるぐらい今私は心の底から引いている。

「…私である意味は?」
「使用人に試させたけど、似合わなくてな。やっぱりジャポン人じゃないと似合わない」


なんだよ、幼児体型じゃないと似合わないって?
それ一種の悪口ですか、嫌味ですか。
使用人がそそくさと部屋を出て行ったのはこういうわけか。
はあああああああ、めんどくさい。


「はぁ、私こんなに胸大きくないし、ご期待には添えませんけど」
「そこは、まぁ…諦めてやる」


諦めてやる、ってなんなんですか。
しかもほんとにやむ得ないって感じって、私が妥協される側なのか?
おかしい、全体的におかしい!

もう、なんか疲れた。
今日一日我慢すればいいのか。
ああ、今日はなんてついてないんだ。


「わかりました。私も仕事があるので今日だけですからね。」


いいですか?と聞くとああ、とにやけるのを我慢しながらいう
ミルキくんはとても気持ち悪くて
こちらにきてしばらく忘れていたオタクというものを
十分すぎるほど思い出させてくれた。




「…短い」


丈が短い。顔は布をかぶっているから隠れているからいいけど
なんせ丈が短すぎる。
伸びない布を下に下に引っ張りながらミルキくんの部屋に戻る。

「…着替え終わりましたけど」
「…まぁまぁ、だな」
「…」

にやけんな!気持ち悪いだろ!
上から下までまじまじと観察する目線に鳥肌がたつ。


「ミル、」
「主」
「…主、何をすればよろしいですか?」

呼び方にさりげなく訂正を入れるあたり彼は今の状況を楽しんでいるようだ。
彼の嬉しそうな表情とは裏腹に私の心はどんどん暗くなっていった。
まるで今の天気のように。


***


それからは肩を揉めやら茶を出せやらパソコンの前から全く動かない彼の世話を言われるがままにやっている。
これはこの格好じゃなくても良かったんじゃないか、なんて無粋なことは言わない。
オタク脳の持ち主であろう彼にとってシチュエーションというのが何よりも大事なのは私でもわかる。ただ、この丈だけはどうにかして欲しいとは思っているが今更着替えてまた一からやり直すのはもう正直めんどくさい。
できるだけ屈まないように気を付けるまでだ。

かれこれどれくらい時間が経っただろうか
ミr…おっと失礼、”主”も命令することがなくなったのか
ひたすらに2次元の女の子を攻略していて
私はやることがなくなりぼうっと椅子に座っているだけ。

帰りたい。
早く部屋に帰って本の続きを読みたい。
もうやることもないし、彼も満足したんじゃないだろうか。

「おい」

私がそろそろ終わりにしてもいいか聞こうかした時だった。
彼は椅子をぐるりと回して私の方を向いた。

「はい?」
「…喉渇いたろ。これ、飲んでいいぞ」
「え、ああ。ありがとう、ございます」


そういって投げ渡されたのは、缶ジュースだった。

まぁ、これを飲んでから部屋に戻ってもいいかとご厚意に甘え缶の口を開けた。
でもなんだろう、怪しいと思ってしまう。
よく見るタイプのオレンジジュースで特に怪しさは感じない。
開けた口から見える液体になにか含まれているんではないかと疑いながらも
もらってしまったし、しかも口を開けてしまった。コレを飲まないわけにはいかないなと唇を缶に近づけた時だった。


「ハナコ、やっぱり馬鹿でしょ」
「え…」
「イル兄…!」

いつの間にやら私の後ろに立っていたイルミさんは
私が持っていた缶をすっと取り上げて
ごくごくと飲み干してしまった。

「え…イルミさん、あの、おかえりなさい」
「ただいま」

そんなに喉が渇いていたのだろうか、そんな事を考えながら椅子に座ったままイルミさんを見上げると目の前にイルミさんの手があって私の額めがけて人差し指をパチンと当てた。額に猛烈な痛みが走り、声にならない悲鳴をあげながら座っていた椅子から転げ落ちる。
私が額を抑えながらゴロゴロとのたうちまわっていると
イルミさんが持っていた缶を潰す音がした。

「ぐ…いっ…!」
「ミルキ、これ睡眠薬?」
「…なんのこと」
「ふうん、別にどうでもいいけど。随分楽しそうな事してるね」
「す、睡眠薬?」

額を抑え痛さのあまり流れた涙を拭いながら
聞き捨てならない言葉に身体を起こさずイルミさんを見る。

「そう。これ睡眠薬入ってるよ。」
「え!」

イルミさんの手の中にある潰れた缶を見て
ミルキくんをガッと振り返り見ると、ミルキくんは気まずそうに目をそらした。
それはそれはありえない程の冷や汗を流しながら。


「ハナコ、警戒心がないのも大概にしなよ。これ俺は平気だけどお前が飲んでたら速攻寝てるよ。
それで寝ちゃってミルキどんな悪戯されても気づかないぐらい爆睡」
「…い、たずら…」
「ミルキも余計なことしてないで仕事したら?ハナコはお前の性欲を満たす為に雇ってるんじゃないんだ。
わかってるよね?」
「っ…。」

ずず…と音がイルミさんが纏うオーラが黒く重く変化したのを感じた。
私はミルキさんの方を向いたまま振り返る勇気がない。
ただ背中になにか得体の知れない恐怖の塊があることは痛いほど感じる。
目の前のミルキさんは、恐怖からかカタカタと震えているのが見て取れる。

「あ、あの!ミ、ミルキくん!これ、ありがとうね!」
「は…?」
「だから!この服!ありがとう!」

何言ってんだこいつ、というのが後ろからも前からも感じる。

「じ、実は、私この服ミルキくんに頼んでたんです!前から忍者ファンで!」
「…ふうん」

無理がある言い訳過ぎて自分でも笑ってしまいそうになるのを我慢して
ポカンとしたミルキくんに「ね!」と念押しすると、
「あ、ああ!」とブンブンと首を縦に降る。

「ということです!イルミさん!」
「…」
「あ、お疲れですよね!?私の部屋で特性のスープなんて如何ですか!?」
「どっちで」
「そうですか!じゃあ是非!じゃあミルキくんありがとう!今度お礼するね!」
「あ、ああ…」
「失礼しました!」

イルミさんの背中を押して急いでミルキくんの部屋を後にした。




―――――

もうちょっと続きます。
5/7修正

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