「*******、**************」


「湯加減はどうでしたか?灰音さん」

それから俺は、何事もなかったかのように風呂上がりの灰音さんに歩み寄った。冬の寒い時期だからだろう、灰音さんは暖かそうなもこもこのルームウェアを着ている。その姿はまるで羊のようで、彼女の可憐さをさらに引き出していた。

「ちょうど良かったわ。この時期になるとどうも寒くて、暖かいお風呂に浸かりたくなっちゃうのよね」
「灰音さんはお風呂が好きですからね。しかし俺はてっきりラッキースケベ的な展開があると期待していたのですが、惜しくもその機会は無かったですね」
「……海音寺くん、さ」
「はい?」

いつものように中学生男子の話しそうなトークで灰音さんをからかおうと思っていたのだが、灰音さんは風呂から上がってから突然、俺の顔をじっと真剣な表情で見つめてきた。あの、近いです。もしかしてコンタクトまだつけてなかったんですか。

「なんかあった?変な顔をしてると思ったんだけど」
「変な顔?というと?」
「具体的にはよく分からないんだけど、私がお風呂に入ってた最中に何かあったような気がして。確証は全く無いし、私の気のせいならそれでいいんだけどね」

こういう時の灰音さんの勘はよく当たる。ただあったと言っても、俺がそこまでショックを受けるような出来事でもないので、ついでに灰音さんにも説明しておこう。
―――いや、でも縁さんはメールで灰音さんに迷惑をかけたくないならと言っていた。そして縁さんの悪い予感はこうして的中しているわけで、俺は誰かからの陰謀にまさしく嵌められようとしているのだ。そんなことを上司である灰音さんに言ってしまえば、お節介な彼女のことだ、きっと親身になって心配してくれるだろう。
……やっぱり迷惑をかけるよな。

「なんでもありませんよ。ただ縁さんからメールが届いて、そのテンションの高さに付いていけなかっただけです」
「ああお兄様から?そうだたのね、あの人メールでもテンション全く変わらないから、読んでて疲れたでしょ?それにおしゃべりが好きなのが反映しているのかしら、むやみやたらに長文なのよね。酔っ払いかっての」

楽しそうに身内のことを話す灰音さんを見て、やっぱりこの話はするべきではないな、と悟った。灰音さんにはこのままでいてもらわないと。出来るだけ黒く染まらないように。出来るだけ俺の黒を見せないように。

「で、用件は何だったの?」
「あ、いえ、今日会ったことについての他愛無い会話ですよ。それこそ灰音さんに報告するほどでもない些細なものです」
「ふーん?」


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