灰音さんはそれ以上俺に追求することもなく、自分の部屋のドアを開ける。

「よかったら海音寺君も休む?あ、でも海音寺君、きっとまだお風呂とか入ってないわよね、付き合わせてごめんね?」
「いえ、全然気にしていませんのでお構いなく。ところで灰音さん、来週のご予定は?」
「来週?急にどうしたの?ふふ、もしかしてデートのお誘いとかするんじゃないでしょうね、まさかとは思うけど上司をデートに誘ったりするんじゃないでしょうね!」

えっへんと胸を張ってその言葉、何という分かりやすい誘い受け。灰音さんのそういうところが愛おしい。今すぐ押し倒したい。そのしたり顔を赤く染めさせたい。尊い。つらい。語彙力が失われていく。ラノベ風に言えば、俺の最後の砦が天使過ぎる件について。俺の頭領がこんなにも可愛い。ううむ、業務をほっぽり出して灰音さんのことだけを一日中眺めていたい。

「ちょっと何笑ってるのよ!隠しきれてないわよそこ!」
「いや、だって……、灰音さん、俺とそんなにデートしたかったんだなあって……」
「は、そ、そんなこと言ってないわ!ただ私は、アンタが浮かれてるんじゃないかって先に釘を刺しておいただけですー!」

はあ、早く結婚したい。俺は将来この人と結婚するんだと思えば頬は緩まずにはいられない。目尻が下がる。あんな天狐なぞ放っておいて、灰音さんと愛の逃避行をしてしまえたらどれだけ幸せだろう。ああ、そういうルートもありかもしれない。視野に入れておこう。

「海音寺くん!もう!顔だけでわかるわよ!でれでれしないで!子供を見るような目で笑わないで!!」

今日はどうしても表情筋が柔らかくなってしまったようで、堪えきれなかった気持ちと共ににまにまと微笑んでいたらしい。海音寺雫、耐えるんだ。俺は今能面の男。感情はとうに捨てた。と一応暗示はしてみるものの、先ほどの招待状の件なんて忘れてしまいそうなくらい、幸せな気分だった。

「嗚呼、で、ご予定は」
「結局デートじゃないっぽいわね……」

少ししゅんとした様子で、灰音さんは自分のベッドへと腰かける。きっと灰音さんは自分のことを犬か猫で例えたら猫だと思い込んでいるだろうが、俺からしたらどうあがいても犬でしかない。読者の方も分かって頂けただろうと思う。此処までくると躾までしてしまいたい欲まで出てくる。思考が危ない方に行きそうだったので咄嗟に灰音さんの妄想をやめた。決して首輪に繋がれベッドに座ったネグリジェ姿の灰音さんが、物欲しそうに潤んだ目でこちらに何かをねだってくるシチュエーションなんか想像していない。想像していないから。本当だから。―――……想像していないのに、自分で言ってたら本当に想像してしまった。なかなかえろかった。ごめんなさい嘘吐きました。


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