彼女が浴室に入った音を確認してから、俺は浴室と通路を隔てる扉にもたれる。誰も自分の近くを歩いていないことを確認してから、深いため息をついた。
灰音さんの入浴時間は、髪の毛を乾かす時間も含めてせいぜい一時間だ。一日二回以上入るのだから、一回の風呂にそこまで時間はかかっていない。それに髪の毛が長いので乾かす時間もかかると考えると、風呂に入っている時間自体はそこまで長くない。
ふと懐中時計を取り出して時間を見てみる。いつも灰音さんが風呂を入る時間は、誤差はあれど基本午後十時。彼女の認識では、寝る前に入るものではなく、単純にルーティンワークの中に組み込まれているだけで、普通に風呂に入った後にも仕事はしているし、徹夜をしていることもある。
自分がもう少し元気だったら風呂を覗くくらいしても良かったのだが(裸を見ても減るものじゃないし)、今回は少し放心する時間がほしかった。まあ護衛なので本当に放心してしまえば意味はなくなるが。
ただ、三十分待てと言われても退屈なものは退屈で、俺は懐中時計を仕舞い、徐にスマホを取り出した。業務連絡の過程で来ているメールに目を通してみるが、最初に目に入ったのは、サンドリヨンの構成員ではない、しかし見慣れた苗字の彼からのもの。

「……」

あの人、また何か変なことをしたのではないだろうか。
一度灰音さんに報告するべきかと思ったが、風呂の時間の邪魔をするのも野暮だし、逐一言われてもリアクションに困るだろう。俺は改めて周りを見渡し、自分だけしかいないのを確認してメールを恐る恐る開いてみた。
文面はこうだ。

『やっほー!海音寺君、元気にしているかな(*∂ω∂* )
まあしてるよね!僕がこの目で見たからきっと元気だ!少なくとも灰音の豊満なおっぱいを揉めるくらいには!』

「……」

そっと画面を閉じた。嫌だこれ、もう先を読み進めたくない。メールでもあんな調子なのか。形式なんて知らないというように振り切れたテンションと、礼儀なんて知らないというように振り切れた馴れ馴れしさ。感嘆符以外に芸は無いのか。まあウザいほど顔文字を使われても困るのだが。
それでも彼がメールを送ってきたことなんて珍しいので、きっと何かあったんだろう。開いた方がいいのだろうが、開きたくない。何というかあれが俺や灰音さんより年上でアラサーだと思うと痛すぎて目を覆いたくなる。目に入れなくても痛い。的確に今日の俺の失態(俺は別に失態だとは思ってないが)を思い出させようとしてくるあたり、性格が悪い。

『きっと君はこのあたりで僕のテンションについていけなくて画面を閉じるかスマホを叩き割るかしただろう、でも心優しい君のことだから、やるとしても前者だと信じてるよ!』

どの口が言うんだ。


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