浴室は灰音さんしか入れない。いや、厳密には灰音さん以外も構成員なら基本入れるのだが、灰音さんがそれを許さない。入られたからと言って心底怒るわけではないのだが、彼女のカリスマと、地位と、プライベートな場所という点で無意識に他の構成員を遠ざけていくのだ。
ではどこで警護をするのかと言うと、浴室の外である。正確には、浴室のドアの前。サンドリヨンは変なところで科学技術に敏感なので、浴室にまでロックキーがつけられている。自分たちの部屋には無いのに、これが頭領特権というものか。ちょっとずるい。

「ああ、そういえば今日は偶然海音寺くんが当番の日だったのね。もしかして、って思ったけど、ちょっとラッキーだったかも」
「本当に知らなかったんですか? 灰音さんのことだから、絶対それも込みで俺をこき使おうとしてたんだと思いますけど。どっかで手回ししてません?」
「嫌ね、そんなことしてまで海音寺くんにアピールしないわよ。でも、さっき表情が曇ってたけど、あれから体調は大丈夫なの?」
「……そうですね、灰音さんの料理を平らげるくらいには、大丈夫だと思いますよ」
「それはそうだけど……」

灰音さんは俺を含む構成員たちを、家族のように大切に思っている世話焼きだ。それもきっと、灰音さんが構成員たちから人気である秘訣の一つだろう。前方に出てこないのは、彼女自身が手を下さないで済む他に、自分で手を下す思い切りが無いからなのかもしれない。
まあ、人殺しをする灰音さんなんて、嫌でも見てきたのだからそれはないとは思うが、それも組織に入っていなかったらきっとなかったのだから、やはり俺にとってサンドリヨンは灰音さんの癌でしか無い。灰音さんがサンドリヨンの癌なのでは無い、サンドリヨンが灰音さんの癌なのだ。この次元では、たぶん灰音さんは人を殺したことが無い。言い切ることはできないが、俺の希望論も中には混じっているだろうが、それはまるで香水のように血の匂いを纏わせながら踊る彼女ではない、直感でそう感じる。

「まあ、入る時は言ってくださいね。それとも背中でも流してほしいですか? うっかり変なところを触っても怒らないでくださいね。嗚呼、貴女のおっぱいは柔らかかった」
「海音寺くんはまたそういう事を言うんだから!」

強がりだ。分かっていた。
まだ昔の自分を思い出せるなら、きっと俺はぎりぎり人間の端っこなのだろう。軽口を叩いてふざけることで自分の弱い部分を煙に巻く。俺はそうやって世を渡ってきた。正確には灰音さんの目を誤魔化して来た。
その強がりに彼女がいつ気付くか、気付いてほしいのか気付いてほしくないのか自分にも判断しかねるが、きっとその時は来る。彼女は賢しい女性だ。

「もう、今日のこと許してあげたの覚えてないの?海音寺くんは前科持ちなんだから、もうちょっと謹んで言動に気をつけなさいよね」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はーい」


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