きっと結は、この時代ならまず見かけないであろう『お兄様』に警戒心を抱いたのであろう。というか、兄がアレなので、余計にその猜疑心を強めたに違いない。俺が彼の立場だったら、確実に怪しんでいる。何故なら縁さんだから。女の子好きのシスコンで、コント・ド・フェに訪れるゲストの女性に手を出し(たぶん)、街中で歩いている見知らぬ女の子にも手を出し、サンドリヨンにいる腐れ縁の女性にも手を出そうとし、十代の女児にまで手を出そうとし(これにはその気はないと思うけど罪は重い)、俺には自分のことを「お義兄ちゃんと呼んでくれ」だなんて言うし、灰音さんにまでそんなプレイを押し付けているのか、と考えると合点がいく―――というかその考え方の方が自然なのだ。まさか灰音さんが自ら自分の兄の事をお兄様なんて呼ぶわけがないと思うのは、灰音さんのようなちゃんとした女性から出る言葉じゃない、ということ以上に、縁さんみたいなちゃらんぽらんなクソ野郎を見れば一目瞭然であり、そんなクソ野郎がしそうなこととして簡単に認識することが出来るからだ。

「海音寺くんすごい形相だけど、いやいつもと変わらないと言われればそうなのかもしれないけど、やっぱりなんか怖いわよ……?」
「お義兄ちゃんは変態」
「雫、お前もあの野郎に何かされたんだな……、オレが後で会ったらお前の分までぶん殴っとくから心配するな―――ってかお義兄ちゃんってなんだよ!お前まで可笑しくなっちまったのかよ!」

この中で一番まともな人間は、もしかしたら結なのかもしれない。こらえきれなくなって肩を震わせている灰音さんと俺は、真面目にツッコんでいる結を暴力的なお人好しと認定することにした。

「じゃあ、改めて。また約束の日に、会いましょう」

入れ違った俺たちは、そのまま自分たちの目的の場所へと足を運ぶ。再び相手の顔を見ることもなく、互いを敵だと思わないからこその、振り返らない別れだった。

「ああ、雫もそれまで、ちゃんと元気にしてるんだぜ」

勿論だよ、結。俺はその日までに彼女に自分の思いを伝えて、その約束の日を乗り越えて見せるのだから。
さあ、何百回目のプロポーズ大作戦だ。


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