「いや、何でもないよ。結って、本当そういうところは不器用だよね」
「は?」
「その人のこと、ちゃんと大切に思ってあげなよ。いなくなってしまった時じゃ、遅いんだから」
「……誰があんなヤツ、……」
「素直じゃないんだから」

ふと腕時計を見て、既に十分弱が経過していることに気が付いた。このままだと本当にキッシュの材料が売り切れる可能性も出てくるだろう。それに、確か彼はこう言っていた。

「そう言えば結――野暮用じゃなかった?急がなくてもいい用事なの?」
「あ、悪ィ、……本当はもっと話しておきたかったんだが、また何かあったらメールでもいいからオレに言えよな。職場は違えど、友達なんだから」
「えっと、結くん?今度、私たちコント・ド・フェの歓迎会に招待されていて、そこでまた会うことになると思うわ。だからその時に、キミが言うその“ムカツく部下さん”にも会わせて頂戴」

含みを込めたそのワードに、結はどう思ったのか分からないが、しばらく考えた後、その言葉には触れずに話を戻した。

「……歓迎会に、二人が呼ばれるのか」
「ええ、実はコント・ド・フェって、私の父が発案者だから。発案者というか、設計者というか?」
「そうだったのか、そりゃオレは間接的にお偉いさんに会ってたってことか」
「別にそういう風に思ってくれなくていいわ、年は海音寺くんと同い年なら確かに年下かもしれないけど、どうせあまり変わらないから。向こうでも、仲良くしてくれると嬉しいわ」
「ありがとな、……えっと?」
「幸田灰音。幸田露伴の幸田に、灰色の音でハイネ。どう呼んでくれても構わないわ」
「……幸田?」

その名字を聞いた途端、結は露骨に表情を歪めた。俺にはその要因が嫌と言うほど分かった。コント・ド・フェで幸田と言えば、思い浮かぶのは灰音さんじゃなくて別の人物だからだ。

「……アンタ、アイツの血縁者か?」
「縁さんのことなら、彼女はあの人の妹だよ」
「……道理でどっかでみたことある髪の色だと思った」

はあ、と大きなため息を吐いて咳払いをし、気持ちを改めたと意思表示するように、灰音さんの方を再度見た。

「アンタ、兄貴に虐められてたりしねェよな?」
「真面目な顔で何言ってるの……、大丈夫よ、案外お兄様って人をおちょくる時もあるけれど、しっかりとした真面目な人だから」
「『お兄様』……?」
「引っかかるところそこなんだ!」


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