「あ」
「え」

母音しか発していない二人を見て、灰音さんは何かを悟ったらしく、俺と友人の顔を何度も見合っている。

「た、タイプ結構違うんじゃない?」
「ツッコむところはそこではないと思いますけど……」

目つきの悪い顔、趣味で入れられた青緑のメッシュ、髪を束ねた一見女性にも見えなくもない細い容姿、だが今から出す声が、彼が女性ではないことを物語っていた。

「……雫、お前雫かよ!」
「何でここに?コント・ド・フェはこっちの方向じゃないけど?」
「いや、ひ……ちょっと野暮用でな」
「ひ?」
「何でもねェよ」

灰音さんは物珍しそうに俺の友人の姿をじろじろと観察している。それに気が付かない彼ではなく、俺を通して彼女の事を不審に思ったのか、質問を重ねてきた。

「この人は?もしかしてついに彼女が出来たのか?」
「か、彼女!?」

びっくりしたのは俺じゃなくて灰音さんの方だった。傍から見るとそう見えるのかしら、なんて呟きながら、赤く染まった頬を外気で冷たくなった両手で冷やそうとしている。そういうところも乙女で可愛いなあと思っていると、俺の友人は隅に置けないな、とにまにましながら俺を小突いて来た。そして声を潜めて、灰音さんには聞こえないボリュームで話し始める。

「この人は彼女じゃない。上司」
「それでも美人なことは間違いないだろ、仕事でもなさそうなのに一緒に歩いてるってことは、仲は良いんだろ?」
「……否定はしないけど」
「ほら見ろ、あの人もお前のこと気に入ってるみたいだし、彼女にしても勿体ない程の人材だと思うぜ?」
「今はいい。今は」
「今は……ってなんだよ、他の男に取られてもいいのかよ?」
「それは……」

そりゃあ彼女が俺以外の男(勿論身内の縁さんやその気が無いと分かっている戒人は除く)と歩いているとなれば嫉妬くらいはする。それでももし彼女が、その方が幸せだと言うのなら自分はそれでも構わない。――そう思っていたはずなのに、こういう話題にぶち当たると心の中で深いもやのようなものが絡みつくのだ。

「とにかく、お前が彼女の事を好きなら、他の男に横取りされないように目を見張ってるんだな。鉄は熱いうちに打て、って言うだろ?」

 彼は悪い人ではなかった。むしろお人好しだ。見た目や話し方こそ若者だが、俺の事を気遣ってくれる親友と呼んでもいい存在だった。コント・ド・フェにさえ居なければ。

「そういう君こそ、好きな人は出来た?大学の時、自由席の講義の時、知らない女の子に声かけられてるのも見てたし、モテててるなって思ってたんだけど、あれからどうなった?」


prevbacknext


(以下広告)
- ナノ -