「それに俺がわがままというのは、失言じゃないか?」
「ん?」
「等価は払っている。それも大きな対価を。別にお前に無理を言ったわけでは無いし、お前もその願いを呵々大笑して受け入れたじゃないか」
「それもそうかもな、まあ、今まで矮小な人間しか見てこなかったから退屈していたと考えれば、汝は面白いものを見せてくれたのかもしれんのう」

そう言いながら彼は煙管を置き、入ってきたふすまを眺めた。帰るなら早く帰ればいいのではないか?という彼なりの目配せであるが、俺はしばらくその場に立っていた。

「帰らんのか」
「……お前が姿を消してからだ」
「別に意図しなければ人に見られることはない。それは汝も分かっておろう。それとも、何か恥ずかしいことでもするのか?」
「……いや、単純に、お前の視線が痛いだけだ」
「やはりわがままじゃのう、これだから坊ちゃんは」

しぶしぶ重い腰を上げた天狐は、愚痴を漏らしながら奥の部屋へと足を進めていった。そして奥の間へ入る寸前で、足をぴたりと止めて改めて俺に言った。

「彼女によろしくな」

 お前なんかの存在を、誰が彼女に教えるものか。



「長かったわね?」

退屈そうに空を眺めていた彼女は、俺が歩いてくるのを確認すると伸びをしながら不思議そうに聞いた。

「まあ積もる話もあったので」
「久しぶりに会ったのかしら?まあ私が知らない人みたいだし、私が口出しても仕方ないわよね。さ、買い物に行きましょ」
「そうですね」

先程まで泣いていた顔とは思えない自分の声のトーンと、先程まで自分に告白してきたとは思えない彼女のすっきりとした顔は、今まで何もなかったような錯覚を起こさせる。
忌まわしいと言ってもいい斉狐神社を出てから、行きつけの店へは徒歩で十分ほどだろうか。本当はもっと近い店もあるのだが、彼女はいつも「ちょっと値は張るけど、あそこのお肉と野菜が美味しいのよ!」と言い気に入って足繁く通っているので、今回もそこへ行こうとしているのだろう。鼻歌まで歌いだして、彼女はどうやらご機嫌の様子だった。何か嬉しいことでもあったのだろうか。

「灰音さん」
「ん?……ってやっぱり名前で呼ぶのね?確かに灰音って呼んでもいいとは言ったけれど、改めて言われると何だか照れるわね?」
「そういう灰音さんも可愛いですよ」
「だからまたそういう天然タラシみたいな台詞を白昼堂々と……」
「今は夜に近い夕方なので大丈夫かと」
「そういう意味じゃない!」


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