「頭領が愛おしかったから?」
「ははあ、もしかして海音寺くん、ごまかそうとしてる?……まあ別に、今は色々あって考えることが多すぎるから、深く聞かないけど。それに急に呼ばれると、びっくりするというか……」
「何というか、その場のノリってあるじゃないですか。あれですよ、あれ」
「……そういうことにしとくわ」

頭領、幸田灰音には普段の振る舞いから抜けてるような印象を持ちがちだが、実際はそんなことはなく、賢しい女性だ。部下の些細な言動が気になったり、頭脳戦でも敵に引けを取らなかったり、さすが組織のトップに君臨しているだけの知識と度胸と頭の回転の速さは持ち合わせている。だからこそ、頭領を騙すとなれば、最初から騙すしかなくなるのだ。

「あ、ついた。ここよ、ここ」

彼女が指さした場所は、俺にとってコント・ド・フェと同じくらい訪れたくなかった場所。他人から見ればそれこそ何ともない場所なのだが、俺の体はここに来ることを拒んでいた。

「海音寺くん?どうかしたの?」
「……いえ、頭領。ここは、……どうして」
「ああ、部下たちに教えてもらったのよ。ここ、何でもお願い事が叶うって有名な神社でね、一度行ってみたいと思ってたのよ」

悪気の無い彼女の言葉が、俺の精神を何とか繋ぎとめようとするが、自分から歩みを進めるなんて、考えただけでもおぞましいことだった。今日はどうあがいても、メーデーになること間違いなしのフラグ回収日だ。

「さ、海音寺くん、一緒に行きましょ。大丈夫、ちょっとお参りしてからすぐに買い物に行くから、そんなに時間は食わないわ」
「……頭領」
「ん?」
「俺から、目を離さないでくださいね」
「……?」

あの瞬間から、俺がこの神社に来るのは初めてだ。初めてなのは俺が避けてきたからであるが、どの次元でもここに行きたいと思ったことは無かった。
頭領が歩き始めるのと同時に、それこそ今渦巻いている悪い気を殺しながら、息をひそめるように神社の敷地内へと右足を踏み入れた。
何の変哲もないただの神社。だが俺には、その空気の痺れが緊張からかはっきりとわかる。電撃でも走るように、吐き気でも催すような、何か見てはいけないようなものを見ているような、一言では言い表せないような嫌悪感が、俺の中でこびりついていた。
賽銭箱の前に来るまでのことを、俺ははっきりと思いだせない。気が付いたら頭領に賽銭箱の前に連れてこられていた。平日の時間帯もあってか、神社には自分たち以外誰もいなかった。

「私、前もここでお祈りしたの。そしたらね、叶ったのよね。だからここの神社はご利益があるのかなって思って」
「……ちなみにその願いは?」
「『好きな人に告白できますように』」
「……意外とピュアなんですね」


prevbacknext


(以下広告)
- ナノ -