「ねえ、頭領―――灰音さん。どうして貴女は、不格好で無愛想で生意気な一部下の俺に、そんなに、優しくしてくれるんですか……?」
「……バカね、そんなの決まってるじゃない」

彼女は、俺を抱きしめたまま、自分に言い聞かせるように、俺に聞かせるように、ちゃんと聞いていないとこぼれてしまいそうな声で、独り言のように言った。

「アンタのことが、好きだからよ」

嗚呼、俺の愛した女性は、確かに強かった。俺が思うより、俺が救おうとしている女性はこんなにも強くて、そして何よりも、俺のすべてを包み込んでくれていた。

「……頭領」
「ああ、今のは独り言だから。返事とか、そういうのはいらないわ。……というか今返事されても困るって言うか、フラれちゃったときショックで立ち直れなくなりそうだから、しばらくは保留ってことにしといてってことで……」

その後の彼女は、俺の知っているいつもの彼女だった。俺はそんな彼女に励まされ、滝のように溢れていた涙も、今ではすっかり流れなくなっていた。

「あ、よかった、泣き止んでくれたみたいね。ふふ、きっと葬式の時に泣いていた私を元気づけようとしていたアンタは、こんな感じだったのよね」
「……嗚呼、こんなに泣いてしまうなんて、俺らしくない。頭領、幻滅されたんじゃないですか?」
「さっきの言葉、聞いてなかったの?……まあ、聞いてなかったら聞いてなかったらでいいんだけど、私はそんなことで別に海音寺くんのことを嫌いになったりしないわよ?」
「言いましたね?今度それを良いことにセクハラしますよ?」
「まったく、元気になったらすぐ可愛くなくなるんだから」

思い付きで、あんなことを言うもんじゃなかったと後悔した。けれど、思わぬ儲けものもあったのだから、プラマイゼロで良しとしたいところだ。そういえば今日は夢のせいで泣いたのも合わせれば、二回も泣いている。俺がタイムトリップしてから二回も泣くなんて滅多にない事だ。

「あ、海音寺くん。目的地だけど、もうすぐ着くから。それにそんなに時間は食わないから、せっかくだし海音寺くんも一緒に来てよ」
「灰音さ――頭領がそう言うなら別にいいですよ」
「……ねえ海音寺くん、そう言えばあの時、どうして私の事を名前で呼んだの?」

せっかくタイムトリップの話題から逸れたと思ったのに(発端の言葉は俺がかけたものだが)、名前の話をすると、前の次元で名前を呼んでいた俺からすれば、言葉を濁すしかなくなる。仮に俺が誰かの夫になったとして愛人と浮気をしていたら、確実に隠し通せていないまぬけなタイプの夫になっているに違いない。


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