「よっぽど何かを抱え込んでいたのね。でも泣いてるってことは、きっと海音寺くんの中で、心は死んじゃいないのよ。私、少し安心したわ。泣けるってことは、優しいってことなの。悲しい涙でも、嬉しい涙でも、怒った涙でも関係ないわ。感情に体が正直になっているから、涙は出てくるもの。海音寺くんは、きっと本当は優しい子なのね」

母親が駄々をこねている息子を優しく諭すように、灰音さんは俺に徐に抱き着いた。その体は暖かくて、きっと『優しい人』は彼女のことを示すのだろうと直感した。

「……嫌だなあ頭領、ここ外ですよ。大胆なんですね」
「掠れた声で何を言ってるのよ、強がるところは変わらないんだから。外だろうが屋敷の中だろうが関係ないわ。たとえここが大群衆の中でも、私がやることは変わらないもの。……海音寺くん、実はね、私、海音寺くんって実は運命の人なんじゃないかって考えたことがあったのよ」
「……運命の、人」
「だって、組織に入る前に一度顔を合わせたことがあったでしょう?あれは確かお母さまのお葬式の時よ、私が年甲斐もなく泣いていたところを、……アンタは喜ばそうとずっと傍についてくれていた、確かマジックを披露したり、面白い話をしたり、撫でてくれたり……あの時よ。あの時から、初めて会った感じがしなかったの」

それはまるで、前世から知り合っているような感覚で、不思議とそう思うとすんなり納得が行ったと言う。彼女は続けた。

「サンドリヨンに入った時にアンタは『人殺しをするから、感情があったらやっていけない』と言って感情を殺したなんて言っていたわね。それが仮に嘘だったとして、仮初の理由だったとして、海音寺くんはきっと優しい人なんだって、私は聞いた当時にそう思ったのよ。あばたもえくぼ、なのかもしれないけれどね」
「……頭領、俺」
「それに、海音寺くんが泣いてるなら、今度は私が喜ばせてあげるわ。私が出来ることなんて限られているけれど、アンタの上司であることは変わりないし、いつでも頼ってほしいな」

慈愛に満ち溢れたその言葉の羅列は、俺の傷ついた心を癒していった。灰音さんは、きっと俺が何で泣いているかはっきりと分かっていない。だけれど、だからこそ彼女はそれでも必死に俺を泣かせまいと、色んな言葉で俺の痛みを消そうとしている。

「……ありがとう、ございます……、俺、俺は、……すみません、何も言えなくて、こんなに心配してくれているのに、何も、……俺は……」
「こんなに取り乱す海音寺くん初めて見たわ、……じゃあ、今夜は海音寺くんの好きなものたくさん作ってあげるから、元気出して?こんなに泣かれちゃ、私の機嫌どころの話じゃないわ、やっぱりお節介って損な役回りよね」

こみ上げてくる熱い液体を乱暴にぬぐいながら、俺は必死に言葉を紡ごうと口を開けて、空気を吸い込んだ。


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