心臓が高鳴った。この台詞をいつか吐き出すことが来ると、どこかでは信じていた。それでも想像するだけで、言うタイミングなんて永遠に訪れないとも思っていた。だから、これはただ、好奇心から来た質問で、頭領に信じてもらいたいわけでもなくて、未来が想像できないこの次元で、言うべきことだと思ったのだ。
頭領は、すぐに言葉を返すことが出来なさそうだった。驚いた顔をしている彼女はこれまでに何度も見たことがあったが、今の表情は、俺の想像していた顔と違っていた。
てっきり鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている―――そう予想していたのだが、彼女は笑っていた。

「……頭領?何で、笑っているんですか?」
「何でって、海音寺くんが変なことを言うからに決まっているでしょ?海音寺くんでも、そういうこと言うんだなあ、って」
「……」

ああ、そういうことか。突拍子も無い言葉を投げかけられて、頭領は可笑しくて微笑んでいるのだ。最初はそう理解しようとした。けれど、頭領が微笑みながら言った次の言葉は、痛いほど俺の事を抉るナイフのように突き刺さった。

「ねえ、もしかして海音寺くんが笑えないのって、私のせいなの?」

違う。それは違う。そう否定したかったのだが、否定したところで、今話していることはイフの事。縁さんにも指摘されたこの殺した表情のことは、俺がタイムトリップしてる時に感情が障壁になってしまうからと、意図的に殺そうとしたものであって、決して頭領のせいではない。そうやって説明出来ることは出来るのだが、それだと俺がタイムトリップしていることを肯定しているように聞こえてしまう。
俺は少しでも、頭領に―――灰音さんに感付かれたくなくて、今までずっと動いて来た。それは灰音さんに知られると動きにくくなるとか、そんな理由ではない。彼女が俺のタイムトリップのことを知ってしまうと、あの狐に睨まれる。そう思えて仕方がないのだ。そしてもう一つは、こうやって彼女が自分のせいで俺が苦しんでいる、と曲解してしまうかもしれなかったから。
俺のせいでこうして彼女まで傷ついているというのは、俺にとっても耐えがたいことであった。

「……ほら、もしもの話だって言ったじゃないですか。俺がタイムトリップしてるとしたら、ですよ。そんな真剣に捉えてくれなくたって―――」
「だって海音寺くん、そう言いながら泣いてるんだもの!」

言われて初めて気が付いた、自分はどうやら泣いているらしい。胸が苦しくて、自分の言葉で胸が苦しくなるなんて経験、何度繰り返した中でも初めてだった。俺はそこまで、追い詰められていたのだろうか。……なんて冷静になろうとしてみても、今では彼女になんて言えばいいか全く思いつかない。


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