「なるほど……、アンタは大丈夫なの?」
「ええ。俺はそういうの、ないんで」

その俺の言葉に安堵したようで、頭領は「ならよかった」と少女の如く笑っていた。やはりその表情は、俺にとっては眩しすぎた。

「あ、夕飯ですよ。危うく忘れるところでしたが、俺は頭領の料理、食べたいんですから早く一緒に行きましょう、さあ準備して」
「あ、ああ、そうよね。ドーナツも食べ損ねたから、結構お腹すいてるしそうしましょ、じゃあちょっと待ってて頂戴」

頭領は口角を上げたまま、ゆっくりと、嬉しそうな足取りで自分がいつもいる部屋へと帰っていった。


「……はあ」

彼女がいなくなってから、俺は張りつめていた気を介抱するように、ベッドに寝転がる。先程彼女が寝ていたベッド。仄かに、先程嗅いだものと同じ桃の香り。いつもとどこか違う自分のベッドが持つ雰囲気に、思春期でもないのに俺は体温を上げずにはいられなかった。

「今日は長い一日になりそうだ」

ぽつり、と独り言を天井に向かって放つ。それは反射することもなく、シミになったかのように天井の中へと消えていく感触がした。そして今までなかった展開に、好きな小説が待望の続編をリリースした時のような喜びに浸って居たかった。しかしこのままベッドに寝転がり続けてしまえば、それこそ眠りについてしまうような気がする。それでも、一気にてんやわんやした疲れが寝た瞬間にどっと沸いてきて、今にも眠れそうな気がした。否、寝てしまえば、頭領の夕飯も食べられない。絶対起きなければ。

「……」

眠気覚ましに自分の顔を叩いてみる。普段から手袋をしているので、叩いても素手の時のような音は出ない。この手袋、別に潔癖症という訳でもなく、ただいつでも出られるように、そしてどんな状況でも人を殺せるようにという意味がこもっている。ただ、手を握った時に体温が伝わりにくいのは、少し残念ではあるが。

「……?」

突然ぞわり、と悪寒がした。嫌な予感がする。何かが近付いているというか、こう言葉にし辛い何かが俺の中で渦巻いていた。

「何だ……?」

 不思議に思って、徐にベッドから起き上がる。それと同時ぐらいだろうか、自分の部屋の扉がノックされているのが分かった。


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