「否、……馬鹿だ、まだ救われると決まった訳じゃないのに。報われると決まった訳じゃないのに。それでも」

それでも。俺は嬉しかった。俺の知らない世界が待ち受けているのだと思うと、胸が躍って仕方がなかった。
俺は、とりあえず彼女を落ち着かせるため、自分の部屋へ連れて行きベッドで寝かせることにした。今ではすやすやと眠っており、前まで自分と唇を重ねていた人物とは違うようにも見えた。
流石にキスくらいなら慣れた、けれど―――

「急に向こうから誘われるというのも、心臓に悪いな……」

相変わらず甘い匂い。そりゃそうだ、ドーナツや薬入りのダージリンを放っておいたままだったのだ。ダージリンは冷めてしまっているようだったが、ドーナツは常温で食べるものなので特に変わった様子はなかった。これでは、ドーナツにも下手したら薬が盛られていたのかもしれない。可能性が否定できない以上、俺はせっかく買ってきたドーナツをむやみに食べる訳にはいかなくなってしまった。吉屋さんに確認するのをすっかり忘れていたのだ。

「はあ……、まあこれくらいなら予想の範囲内だと思おう」

本当は予想外に違いないのだが、先程の喜びに比べたらドーナツくらい、また新しいのを買えばいい話だ。俺は、食べようとしていたドーナツの穴を意味もなく覗き込んだ。

「ここからが俺の正念場、なら覚悟しないと」

皿に置き直して、とりあえず箱の中にドーナツを戻す。ダージリンはどう見ても危ないので、せっかく彼女に貰ったものではあるが、そのままキッチンの流し場に置いておいた。


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