「吉屋さん、さっきと言ってることが違うんですけど、結局貴女は俺に帰ってほしいのか、それともここにいてほしいのかどっちなんですか?……ああ、もしかして頭領の真似をしたツンデレですか?可愛いとは思いますが、それで俺は落とせませんから」
「揚げ足取るんじゃないわ、やっぱり帰りなさい!アンタと話してるとはぐらかされてキリがないわ!今度絶対頭領にチクってやるんだから!アンタ、ロリコンのレッテルを貼られるわよ、ふふ、そして頭領と破局するといいわ」
「ヤンデレルートですか」
「死ね!頭領に殺されて死ねっ!」

俺が頭領に殺されるなんて、時空が歪まない限り決して在り得ないんですよ、吉屋さん。


その後ひと悶着あったが、吉屋さんは俺と頭領を自分の部屋から追い出した。吉屋さんはずっとあの顔色だったし、意外と見かけによらずピュアな人物だった。俺の中で吉屋さんの株は急上昇したが、きっと吉屋さんの中で俺の株は急降下したことに違いない。
気絶した頭領の顔を眺めて見るが、相変わらず綺麗な顔立ちをしている。しかし演技とは言え、頭領の首筋にキスをしてしまった。あの状態の頭領だったら、確実にそれ以上の事をする流れになっていただろうし、何も知らない頭領にこのことを話してしまえばまたパニックになることは間違いないので、先程の一連は俺の中で秘密にしておくことにした。
―――ただ、吉屋さんが俺のいない間に頭領に話してしまえば、全ての配慮が水の泡になってしまうのだが。
逆に抱き着いてしまったことによって、吉屋さんを混乱させて有耶無耶になってしまっていたらいいが。
あの時の俺の行動、きっと頭領からしても、勿論吉屋さん当人にしても、意味が分からないのは当然のことである。傍から見れば、俺は突然意中の相手でもない吉屋さんに抱き着いたのだ、吉屋さんがセクハラで訴えていれば確実に俺が悪くなる。
それでも、俺は感謝せずにはいられなかった。吉屋さんがしたことは、俺にとって予想外だったこと。つまり、俺が知らない未来だった、それだけのことだったのだ。それが俺には嬉しくて嬉しくて、それがたまらなくて、つい感極まって彼女に抱き着いてしまった。

この時計が、ようやく意味を為さなくなったのだ。

「嗚呼、これでようやく―――」

泣きそうになるのをこらえながら、俺は彼女を抱きかかえて廊下を歩いていく。悲し泣きではなく、嬉し泣きの涙だ。誰にもそれを悟られないように、いつものように表情を崩さないように、そっと歩みを進めていく。


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