しかし実際サンドリヨンの屋敷には、頭領(これは今の頭領である彼女か、それともその母親である初代かは分からないのであえてぼかしておくとする)が用意したものなのか、様々な娯楽施設がある。プール、ジム、ダンスホール、ビリヤード場、植物の生い茂った温室、図書室、その他諸々。ただ残念なことに、カジノはこの場には無く、一番ここから近い合法カジノと言えば、政府から正式に設立された【Algernon】だろうか。そこまで行かないと賭け事は楽しめないようになっている。こうして思い返してみると、政府もサンドリヨンの面子を、自分達が建てたカジノの客として扱っているのがうかがえる。ずる賢いものだ。
……嗚呼、一つ思い出した。思い出したというよりは、失念していたのを思い起こしたという方が正しいだろうか。

先程自分は特に趣味はない、と語ったが、趣味に近い、習慣のようなものなら持ち合わせていた。そう、彼女にも語った、『日記』のことである。
俺は普段から、今日起こったことをまた正確に思い出せるように、些細な日記のようなものを記していた。起こった出来事だけでなく、それが起こった時間まで。それが分刻みのスケジュールのように、俺の手帳にはびっしりと、どの日も書き込まれている。他の人がこれを見ることがあれば、気味悪がるかもしれない。それほどに、俺が手帳に書き込んでいる量は日記で片づけられる量ではなかった。
別に忘れっぽいというわけではない。ただ、俺が必要だと思っているから記しているだけで、最初からこんなに真面目に、几帳面に手帳を真っ黒にしてきたわけではない。

「……実際、俺だってこんなに書きたくはないけど」

誰もいない自室に、自分のか細い声が響く。それは俺の甘えでもあり、俺の悲願でもあった。
俺は、それまでもがスケジュールに刻まれている仕草のように、懐から銀色に輝くスケルトンの懐中時計を取り出した。時間はまだ数分しか経っておらず、自分が思っていたよりも今日は時が進むのが遅い日のようであった。

「いっそ、時間より早く頭領の元へ行くべきか」

と、考えてみたところで、俺はその思考を振り切る。駄目だ、彼女が三十分後と言えば三十分後だし、五分程のズレなら構わないものをそれが二十分ともなればそれはむしろズレではなく先走りだ。

「それに俺が早めに行って、機嫌損なわれてもそれはそれで困るからなあ……、我儘だからあの人」

女性の扱いは難しいと思う反面、彼女はむしろ分かりやすい方なのではないかと思う自分もいる。あれだけ彼女と一緒にいるのに、まだこんな単純なことすら分からないのかと苛立ちを覚える。

「……ああ、そうだ。時間があるのならば、あの人が好きなドーナツでも買ってこよう。そうしたら時間も過ぎるし、あの人の機嫌も取れる。一石二鳥だ」

そうと決まれば善は急げ。俺はソファから起き上がり、軽く身支度を済ませて足早に自分の部屋を後にした。時刻は十時五十七分。


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