俺はその彼女の視線に入らないように、灰音さんのいない執務室を後にしようとした時、目もくれず彼女は独り言のように俺へと一つの言葉を投げかけた。

「そういえば縁、もうすぐしたらサンドリヨンに遊びに来るって」
 
それは最初に言ってほしかったです、来夢さん。



「何で僕が入って来た途端に、海音寺君は僕の顔面を殴ろうとするかなあ!」
 
正当なことを言う縁さんに、来夢さんは表情ひとつ変えない。おそらく灰音がいないことを聞き付けて、心配で来てくれたのだろう。その辺り縁さんはお節介だ。だが来夢さんにチクったことは絶対に許さない。絶許。殴らなかっただけでも俺は紳士だと思う。

「――すごい殺意を感じるんだけど、僕なんかしたっけ」
「覚えてないならいいです。ファック」
「そうやってすぐ中指を立てないの! せっかく綺麗な顔が台無しだから!」
「女の子を口説く言い方で言わないでください。俺は貴方を許しませんから」
「よくわからないけどこれ末代まで祟られるヤツだ……」

縁さんは本当に分からなかったのかもしれないが、今それどころではない。縁さんが来た理由も、俺に殴られに来たわけではあるまい、縁さんは案の定顔の緩みを直し、本題を話し始めた。

「灰音がいないらしいね。僕も何も聞いていないけど、海音寺君、心当たりは無いの?」
「無いですね……、これからエスポワールにでも行って話を聞いてみようかと思うんですけれど、縁さんは心当たり、あるんですか?」
「身内だし一応、無いとは言わないよ。でもサンドリヨンの屋敷がほぼ実家なわけだし、基本は仕事以外で黙って屋敷の外に出るなんてしないはずだ。それこそ灰音は絵にかいたようなお嬢様のような女の子だから、家出なんて野蛮なことはしないしね」

縁さんは、そう言いながら来夢さんの方へと手を伸ばす。来夢さんは蠅でも叩くかのように、その手を思いっきり薙ぎ払った。

「痛い!ちょっとぐらい躊躇してくれてもいいと思うな!僕が戦えないの知ってるよね?」
「敵に容赦はしない」
「敵とは」


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