この次元で、来夢さんと話すことはあまりない。だがどの次元でも俺は『雫』と名前で呼ばれていることから、嫌われているわけでは無いと思いたい。なんせ表情が表に出ない彼女のことだ、もしかしたら何も思っていないような顔をしていながら、心の奥底では俺のことを罵倒したり忌み嫌ったりしているかもしれない。まあ友人である灰音さんのおっぱいを揉んだとなれば、しばらく俺の印象がガタ落ちなのは正直避けられないところであるが。あれはその場のノリとか、突然の縁さんの来訪による動揺とか色んな要素が重なっての結果であって、普段から灰音さんのおっぱいをしきりに揉んでいるわけでは無い。断じて。

「また黙っちゃった。まあ言いたいことはこれで全部だから、仕事がしたければ私があげるよ。それも灰音から預かってるから」
「仕事をですか?」
「うん。別にいつもと変わらないような仕事だから、気負わなくても大丈夫だと思う。ところで灰音が伝言で言ってた遊園地って、いつ行くの」
「十一月二十四日です。今からおよそ一週間後ですね」
「一週間後ね。それまでに灰音が帰ってくるって言ってるんだから、まあ修学旅行にでも行ってると思えばいいんじゃない?」
「修学旅行ですか……」
「修学旅行だったなら、縁の方が『灰音が一週間もいない!寂しいから来夢ちゃん構って!』とか言ってうるさそうだけど。雫はその辺表だってうるさくないから良い」

ちょこちょこ話題に出てくる縁さんの話に、俺は思わずちょっかいをかけたくなったが、また機嫌を損ねてはややこしくなるので、口を噤んでおいた。来夢さんは、きっと縁さんのことは少なからず嫌いだけど、その分恋愛じゃないとしても、好きな要素だってあるはずなのだ。そうでもしなければ、嫌いな人の話なんてしょっちゅうしない。逆に縁さんは、その相手が来夢さんであるか、他の女性であるかに関わらず好意を隠すことなく向けてくる。むしろ、ありもしない好意すらきっと彼は使い分けている。俺に対しての好意が本当の好意なのかは確証が持てないが、心配してメールを送ってきてくれるあたり、多少は思ってくれてると考えても良いのではないか、なんて思いあがってしまう。
ただ俺が彼を狐と称したところは、本心が読めないようにいつも笑っていて、どのようなものか俺には全体を把握することは難しい部分だ。縁さんを攻略するルートがあるならまだしも、俺はそこまで縁さんのことを深く知るきっかけがつかめていない。俺はずっと灰音さんを攻略するルートばかりを突き詰めてきたから、縁さんにまで目を向ける余裕がなかったのだ。別の次元で作ってもらった縁さんの精神安定剤があるからこそ、俺はこうして正常らしくこの次元も生きているのに。
……まあこの話は、また俺が別の機会にきっと語ることになるだろうから、今回はお預けにしておく。退屈しているようだ、来夢さんは自分の爪を見ては、じっとその視線を離さない。俺のことなどもう眼中にないと言っているかのように、話はそこで途切れてしまった。


prevbacknext


(以下広告)
- ナノ -