「灰音は雫のことが好き。ここまでは分かるでしょ?」
「すみません、いきなりぶっ飛びすぎて分からないんですけど」
「黙って聞いて」

 同意を得ようとしたのは来夢さんなのに。理不尽。

「そして灰音は、自己犠牲の意志が強いの。自己犠牲というと音が悪いけれど、正確に言うと自分一人で抱え込みがちってこと。縁曰くこの性格は頭領になる前から何だけれど、人の上に立ってからは尚更その悪癖はひどくなっているらしくて」

これには俺も頷く。別の次元で、俺を庇った灰音さんもいれば、俺のために笑いながら犠牲になった灰音さんもいれば、俺が向けた刃に悲しい顔一つせず、喜んで殺された灰音さんも確かに存在した。その悪癖のことは、俺が一番知っている。その自信はあった。

「この二つが合わさってるシチュエーションから連想されること―――つまり、灰音は雫に迷惑をかけたくなくて、ずっと黙ってたんじゃない?何をしに姿を見せないかは私にも分からないけれど、灰音は少なくとも雫のことを信頼してた。それは私から見ても分かる」
「……」
「だから、灰音は心配をかけさせないために、黙って出ていった。私に帰ってくる、だなんて伝言を残しているくらいだから、つまり『私は海音寺くんに黙ってここを離れるけれど、ちゃんと帰ってくるから心配しないでね』ってことでしょ。あの子が帰ってくるって言ってるなら、それを信じてあげるのが良いんじゃない?」
「……はあ、何だか諭されちゃいましたね」
「諭してるから。もし本当に心配なら電話をかけてみたらいいと思うけど、本当に灰音、どこに行ったんだろうね」

来夢さんは来夢さんなりに俺を励まして、灰音さんの安否を心配しているらしかった。普段ドライに見える来夢さんから見える仄かな温かさは、俺に少しだけ口角を上げさせた。

「分かりました。来夢さんがそこまで言うなら、俺も彼女を信じることにしましょう。でも心配なのは変わりありませんから、電話は刺せてもらいますからね。俺の上司がふらっといなくなってしまえば、心配するのが部下の心情というものです」
「分かった分かった、そういう母親みたいなところは相変わらずね」

来夢さんと俺の関係と言えば、特に何でもない。
すべての始まり、灰音さんと何事もなく付き合って暮らしていた最初の次元で、俺は来夢さんにワイヤーの使い方を教わった。彼女は俺に詳しく教えている気はなかったのかもしれないが、俺は彼女の糸の使い方に見惚れ、それを盗むように自分の戦闘技術に組み込んだ。俺が仕事中手袋を外さない理由としては、ワイヤーで手を切らないように、という理由もある。


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