彼女曰く耳と尻尾は他人に触られるととんでもなく変な感触がするそうで、懐かれている(と断言しても良いのだろうか)俺でも触らせてくれる気配はない。いや元々獣のものとはいえ女の子の体を触る度胸も理由もひったくれもないのだが。


俺と彼女が出会ったのはほんの数週間前のことである。そうとは思えないほどの懐かれぶりに自分でも苦笑してしまいそうになるのだがまあそれは置いといて。

なんてことはない、俺と彼女の関係は被害者と加害者だ。俺が襲われて彼女が襲った。それだけの単純なものである。

先程述べたように、彼女には獣の血が混じっている。親自体が獣なのか、それとも獣の血を何者かの手によって混入させられたのかはわからないが、とにかく混じっているらしい。昼は獣人のような姿以外特に変わったところはなく大人しいのだが、問題は夜の姿である。俺が襲われたのも夜で、それは本能をむき出しにしたケダモノそのものであった。

その時に俺は右の大腿を彼女の鋭い犬歯でがぶりと噛みつかれた。夜の姿だと中身だけでなく見た目も変わる。大きな変化は犬歯が鋭くなることと、そして目が充血し瞳孔が開くということだろうか。あの時は冷静に分析している余裕などなかったから、他にも変化はあるのかもしれない。

そりゃあれは痛かった。人間の歯でも噛みつかれたらなかなか痛いものなのに、ましてや獣同然の犬歯だ。痛いに決まっている。案の定俺は普段あげないような呻き声をあげた。

最終的に彼女は通りがかった例の女科学者に捕えられ、彼女には催眠剤、俺の大腿には鎮痛剤が速やかに打たれた。しばらく入院はしたものの、俺はそれで間一髪命を救われたというわけだ。


しかしこれは彼女の意思ではなく、獣としての意思である。

その後の彼女は俺を襲ったという罪悪感からかぼろぼろ涙をこぼして、謝罪の言葉を繰り返すばかり。夜の姿を先に見ていた俺にとっては、裏表が激しすぎて演技のようにしか見えなかった。

彼女が反省していることは何となくわかっていたが、それでも俺は彼女のそういった態度が気に入らずどうしてもつっけんどんな言葉を返してしまった。


「うじうじしないでください、みっともない。俺はそういう愚図な人は嫌いなんです」


後からその言葉があまりにも刺々しいことに気が付いて、小さく「それにあなたのせいじゃありませんから」と言葉を付け足したのだがあれは彼女に聞こえていたのだろうか。いや、聞こえていなければそのあと彼女が真っ赤にはらした目の笑顔をこちらに向けるわけはないのだが。

「―――ありがとう」

まだ泣いていた時の反動で少し鼻声のまま、彼女は俺に礼を言った。


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