事実に噛みつく狼は、いずれ世間に食われるぞ。



◇彼と狼【彼と大神】



「・・・・・・とは言ってもその状態じゃまだ動くことはおろか喋るとすらできないはずだ―――この問いの答えを君から聞くのはまた今度の機会となるだろうな。そもそも媒体が暴走した直後に歩いてここまで来るなんて正気の沙汰じゃない。普通の媒体は最初の暴走状態が終わった後はその場で苦しみ気絶するものだ。あるいはそこから後遺症が出るものもいる。明日葉から過去に君が暴走したという話を聞いていないということはおそらくこれが人生初めての暴走と考えていいだろう。それなのに君はここまで正気を保って彼女とやって来た。つまり君はただの人間―――いや、ただの媒体じゃないということになる。これは狂おしく素晴らしいことだ、俺から見ても神様から見ても」

棘木に関しては変わらず息を荒げているものの今の状態をなんとか保っている。これが普通じゃないのか、と明日葉は感心して後悔する。それなら無理してここまで連れてこなくても明日連れて行けばよかったのだ。
一方、男は息をつく間もなく一通り話し終わった後、何とも無いようにゆっくりと立ち上がり近くにいた明日葉に対して一枚名刺を取り出した。

「これは棘木悟に渡しておいてくれ。いつでもその気になったら連絡しろ、とな」
「あ、はい、わかりました」

明日葉はその名刺を受け取ると、自分の胸ポケットにしまった。
高天ヶ原社長―――八十神燈。神を信じるというのも頷ける名前だが、それよりどちらかというと男らしい見た目と裏腹に女みたいな名前で滑稽だなと明日葉は内心で笑った。
明日葉が馬鹿にしているのを見透かしたように、わざとらしく咳払いをしてから八十神は思い出したように先程の言葉に付け加えた。

「そうそうあと一つ。媒体、と我々が先程呼んでいたもの、アレの正式名称は『絶滅危惧種』だ」
「『絶滅危惧種』? 動物みたいな名称ですね」
「そうだ動物だ、正しく言うと動植物。彼らは希少価値だからな、政府が面白がってこの名称をつけたんだよ」
「つまり皮肉みたいなもんですかね」
「まあ、そういうことだ。媒体―――『絶滅危惧種』は動植物に関する名前が与えられているやつが多い、と言うよりか譬えられているというのが正しいが。お前の幼馴染はどう言われていた?」
「どう言われていたって・・・・・・、あ、確かオオカミって・・・・・・」
「狼か、またおっかなさそうなヤツが来たもんだ。それならアイツはロルフ、とでも呼ぼうか」
「ろる、ふ?」
「名高い狼という意味だ、あの年頃の男が喜びそうな名前じゃないか」
「はあ・・・・・・」

そこで明日葉は何となく思いつめた。
狼。
オオカミ。
大神。
狼には大神、という当て字がなされていると聞いたことがある。しかしこれは偶然だろうか、妙に前彼と話した話題と繋がっていて(正しくは八十神との話題だが)どこか気持ち悪かった。
幼馴染が神だなんて洒落にもなれない、彼が言っていた案外神様は近くにいるかもしれない、という意味深な言葉がさらに明日葉の不安と吐き気を煽らせた。

「あの社長、それなら【大神】と名付けてもらえませんか?」
「そのままか?」
「いえ、動物の狼じゃなくて大きい神様と書くんです」
「ほう、えらく大した名前だな」
「まあ、趣味みたいなもんですけどね。実際昔は狼のこと大きい神様って書いてたらしいですし」
「どこまで信用できるもんかな、それは。まあそのコードネームで政府に新しい媒体が来たと連絡しておくよ」
「・・・・・・わかりました」

明日葉は軽く会釈し、棘木の元へと駆け寄った。先程まで話に入ってこれないのは勿論彼がその類の話に興味がないからなどではなく、単純に動けないからであった。



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