明日葉桐子の台頭   【 And she decided. 】



神様ってなんて滑稽な生き物なんでしょう。



◇想いお守り【重い錘】


その日は生憎の雪だった。
人々は雨となれば少しでも傘を差す種族だが、雪の時はその傾向が薄くなるようだ。
外はこんなにも寒いというのに馬鹿みたいに足並みは絶えず、街から音が無くなることはない。

「今日も寒いなあ」

別に誰がその言葉を聞いているわけでもなく、その言葉は霞んでゆっくりと吐かれた白い靄とともに消えていく。
明日葉はかじかんで赤くなった両手に息を吐き、少しでもその寒さを誤魔化そうと身を縮ませた。
独りが目立つから、寒いのは苦手だった。寂しくて凍えるならいっそのことこの国が常夏でもよかったのだ。そう思うくらい、彼女は毎年来る冬に嫌悪感を抱いていた。

時刻は丁度夜中の一時を回ったころだろうか。
明日葉は落ち着かないというように、街に設置されている時計をちらちらと眺めては視線を自分の手に戻しまた時計を見る、といった行為を繰り返している。
ここは街の中でも郊外にある公園で、人がここを通ることは滅多に無い。夕方までは子供とその親が何組かいたりするのだが、この時刻となるとそんなものは一切消え静寂だけがこの空間を支配していた。
公園には外灯が少ないながらいくつか備え付けてあり、かろうじてそれで周りが見えるレベルである。客観的に見ると華奢な女が一人こんな場所にいるのはどうも危なっかしい。それでも明日葉はそれを承知でここから動こうとはしなかった。
明日葉はこの公園が好きだった。たとえそれが冬であっても、この公園ならば問題なかった。

「あいつ、今日は来ないのかな」

残念そうな口調で、それでも彼女は期待を込めてまた新しい言葉を吐き出した。

彼女は分かっていた。
自分の待ち人は、約束を破るような慇懃無礼な性格ではないと。
自分の待ち人は、昔から自分のことを気にかけるお節介だと。
だからこそ、彼女はひたすら待ち続けることを決めた。
―――そしてそんな彼女の前に、一人の男が姿を現した。

「あ、社長」

社長と呼ばれたその男は、威圧を感じさせる風貌をしていた。
高身長でほどよく鍛えられた体、刃物のような目に銀の眼鏡、ワックスで固められた黒髪に黒いスーツをきっちりと着こなしているその姿は誰がどう見ても只者ではなかった。あまり身長が高くない明日葉と比べれば、その差も更に際立って見える。もしかしたら親子に見えるかもしれない。

「どうした、こんなところで」
「まあ、ちょっと野暮用で」

男はしばらくの間考えるように黙り込んだが、何を察したのかまた明日葉の方を見て呆れたような口調で諭す。

「あれを待ってるのか」
「・・・・・・」

明日葉は言葉を返すことが出来ず、俯いたまま無言を貫き通している。何とも言えない堅苦しい空気が冬の公園をひそやかに支配し、明日葉の身体を余計に硬直させる。

「社員に風邪をひいてもらっては困る、早めに切り上げろ」
「は、はい」

そうやって話も切り上げるのだろうと明日葉は何となく口調から睨んでいたが、そういう訳でもなく男は公園のベンチに一人ゆっくりと座った。ここにいる意味も分からないまま、明日葉はまた時計の方を見始めた。しかしそれがつまらないのか、男は明日葉に一つ議題を持ちかけた。

「明日葉、暇なら俺と話でもするか」
「話って何の話です? 精々あたしが語れるくらいって食べ物の話くらいしかありませんけど?」

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