ボクが君を初めて見たのは、図書室。昔から影が薄く、誰にも邪魔されず読書出来ていたこともあってか本は好きだった。何より本を読んでいるときは心が落ちつく。委員会はもちろん、図書委員。決められた曜日に図書室へ行き、本の整理や貸出、返却の手続きが主な仕事だ。放課後は原則貸出も返却もしてはいけないため、昼休みにしか呼ばれることはほぼない。放課後はバスケ部もあったので助かっていた。まあ、ボクの場合座っていても気付かれないという理由で本の整理や返却ボックスに入った本を元の場所に戻すという作業を主に行っているのだが。図書の先生に頼まれては断れまい。しかしすぐに仕事を終わらせてしまえばあとは自由に本が読めたため、本の種類が豊富なこの図書室はボクにとって休息の間であった。

あの日は……そうだ。図書の先生に新着図書を取ってきてほしいと頼まれたときのこと。司書室ではなく、図書室の奥にある管理室にダンボールに入ったまま置いてあるらしい。それくらいならと了承し、ボクは帝光中の広い図書室の奥へと足を運んだ。手続きのための機械は入口付近にあったし、入学してまだ間もないためボクもまだ奥へは行ったことはなかった。明日にでも図書室にはどんな本があるのか回ってみるのもいいかもしれない。楽しみが増えて口元がゆるむのを感じる。誰に見られる心配もないがすぐに表情を戻した。

そしてようやく管理室が見えてきたところで、ボクは思わず息を呑んだ。管理室の扉の横には長椅子がある。一応そこでも読書は出来るが、日当たりが悪く不人気だと先輩の図書委員が話しているのを聞いたことがあった。こうして見てみると確かに日当たりが悪く読書には不向きな場所である。そんな長椅子の端に姿勢よく座った一人の女子生徒の姿を見つけた。背中まで伸びた髪の一部を時折耳にかける彼女。ボクはなぜか彼女から目が離せなくなってしまい、おそらく一分はその場で直立していた。これが知り合いならまだしも初めて会った先輩かも後輩かも分からない異性だ。知らない異性に意味もなく見つめられても相手は困るだろう。

ふと彼女がパタンと本を閉じてゆっくりと立ち上がった。突然の動作に思わずびくりと震えてしまったが、そのままボクに気付くことなく横を通りすぎていき本棚へと向かっていく。どうやら今読んでいた本を読み終え、別の本を探しに行ったらしい。そこでようやくハッとしたボクは頼まれていたことを思い出し早急に管理室へ入り、目的の新着図書の入ったダンボールを持ち先ほど立っていた場所へと戻る。彼女もほぼ同じタイミングで同じところへ座るとまたパラリ、とページをめくり始めた。そこでは暗くないんですか?何の本を読んでいるんですか?頭の中で彼女に話しかけようとする言葉と自分が浮かび、頭を振る。何を考えているんだボクは。小さく息を吐き、踵を返した。

次の図書当番の日、ボクは何気なくまた図書室の奥へと進んだ。やはり長椅子には彼女が座っている。この日から、自分が当番の日には必ず長椅子に座り読書をする彼女を一目見ることが日常となっていった。ふと思い出すのは、文字の羅列を悲しそうな目で追うどこか消えそうな雰囲気を持ち、素肌から見える包帯が特徴的な彼女の姿。

――君がボクに気付くのは、いつですか?





私があなたを初めて見たのは、第四体育館。このころは本当に生きていることも辛くて、私は息を潜めるように一人で過ごしていた。入学当初から話しかけてくれるかわいい女の子やぶつかってからというもののやたら関わってくる女の子に非常に人気な男の子がいるけれど、こんな私に話しかけてくれる二人のことを避けているのも事実だ。人に関わることが怖かった。これ以上苦しい思いはしたくない。体の痛みよりも、心の痛みの方が私にとって何倍も辛いのだ。

あの日は……そう。放課後はいつも一時間ほど教室で勉強しているのだが、つい居眠りをしてしまい気付けば部活をしている生徒も下校している時間になってしまっていた。外も既に真っ暗になっている。時間的にそろそろ先生が施錠にくるころだろう。それに早く帰らなければ……買い物をする時間はないから、今日の夕飯は冷蔵庫にあるもので何とかしなければならないな。鞄に少し乱暴に荷物を詰め込んで帰ろうとすると前の席の机の上にプリントがおいてあるのに気付いた。この席の人物は知っている。休み時間に大声でよく「今は二軍だけど、いつかバスケ部一軍に入るからな!」と張り切っている男の子だ。しかもこのプリント、今日配られた明日までの課題のものではないか。私はクラスの人たちと今まで関わったことはない。男の子も然り。だからプリントなんて見なかったことにして帰ってしまえばいいのだ。

しかし気付けば私の手は男の子のプリントを握り、足をバスケ部の二軍が練習していたであろう場所へ運んでいた。運がよければまだ体育館にいるはずだ。途中、私は動かしていた足を止めた。この場所は第四体育館であったか。私はなぜここで足を止めたのか不思議に思ったのだが、ボールの音とバッシュのスキール音に気付き少しだけ開いていた扉から中を覗く。

……誰もいない?

確かに音は聞こえるのに人影一つ見つからず、私は思わず口を押さえた。帝光中の七不思議はよく知らないが、もしかしてこれはその一つに入っているのではないか。ガコン、とボールがリングにぶつかった音が体育館に響き其方へ目をやると、突然先ほどまでなかった人影がぼんやりと見え始めた。苦しそうに息を切らしながら汗を腕で拭う、初めて見る男の子だった。マンモス校と呼ばれる帝光中で、ましてやまだ入学して日も浅い。初めて見るなんて当たり前なのであろうが。赤いカラーコーンを避けながらドリブル、そしてシュートの動作を何度も繰り返す彼をじっと見続ける。お世辞にも上手いとは言い難い動作だったが、それでも彼は一生懸命続けていた。諦めればいいというのに、彼は私の見ている限り一本も入っていないシュートを何度も何度も打ち続けた。六度目、ようやくリングに当たったもののネットをくぐったボールに声をあげそうになる。彼も肩を上下させながら言葉を発さず胸の前で拳を小さくつくっていた。

彼を見ていて、私はなんだか自分が恥ずかしくなってしまった。これ以上の苦しい思いをしたくない、などと逃げ道をつくって避け続けていたなんてなんてかっこ悪いのだろう。努力、という文字が頭からすっぽり抜け落ちていた。苦しい思いをしたくないなら、もっと他のしないようにする努力をしなければいけなかったのに。彼に夢中で忘れていたプリントを思い出して駆け足で二軍の使っている体育館へ向かう。丁度帰るところだったようで、私が渡すことを大変驚いていたようだったが人懐こい笑顔でサンキューな!とお礼を言われあのまま帰らずよかったと胸を撫で下ろした。

まずは少しずつ、と思い入学当初から話しかけてくれている二人に近づいてみることにした。次の日、一緒のクラスである彼女の「みょうじさん、一緒に体育行こう?」という申し出を受けてみるとそれはそれは喜ばれた。違うクラスであるがよくお昼に誘われる彼にも承諾するとなぜか涙を流して感動されてしまう。あれほど避けていたというのに優しい二人に私も嬉しくなった。

あれからも勉強時間を増やして帰る前にちらりと第四体育館を覗くことが多くなった。きっと三軍であろう彼に心の中で応援をしてから家に帰るのだ。二学期に入って少し経つと彼の他にもう一人元気な青髪の男の子が増えたが、そのおかげで自主練中の彼の笑顔が見られるようになった。ふと思い出すのは、必死にボールを追いかけながら楽しそうな表情をする彼の姿。

――あなたが私に気付くのは、いつですか?


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