「ほんとごめんね……!あとでなんか奢るわ!」

「いいってば。それよりほら、早く行った方がいいんじゃない?」

「ありがとうなまえー!また明日ね!」



また明日と手を振り返して、私は誰もいなくなった教室でやる気を出すために頬を軽く叩いた。机の上には膨大な紙の束の山。引き受けたはいいものの、今日帰れるかが心配になり思わずため息をついてしまった。

赤司くんたちと帰ったのが昨日のこと。友人の仕事を引き受けたのが数分前のことだ。彼女が以前言ったミーハーで赤司くんについて色々語っていた一人の友人なのだが、そんな彼女が日直という理由で先生に半ば無理やり押しつけられてしまった書類をまとめる仕事。不運にももう一人の日直である子は風邪で休み、彼女もこれから家の用事で早く帰らなければならないという。では誰がこの仕事をやるのか。そんなの分かりきっていることだった。



「でも……うん、量多すぎだよね……」



用事があるならと私が仕事を代わりにやることを提案した。はじめは頑なに拒んでいた彼女も私が引き受けることを譲らないと察したのか、折れたのは彼女の方だった。昨日も雑用で帰りが遅れたわけだが用事なら仕方がないし全く構わない。量の多さに若干泣きそうだが束から一枚ずつ取ってホチキスでとめるだけだ。クラスの人数分しかないはずだしすぐに終わるだろう。母親に今日も帰りが少し遅れるとメールを送り私は作業を開始した。





終わった……。座りっぱなしだったために一度立ち上がって伸びをすればポキっといい音が教室に響く。結局昨日とそう変わらない時間になってしまった。自分の荷物の入った鞄と先ほど終わったばかりのまとまった紙の束を持ち、教室の電気を消して目指すは職員室だ。廊下の電気はついているから外と違って安心して歩ける。

職員室前につき、ノックをしようとしたとき突然ドアが開いた。驚いて見れば少しずつ見慣れてきた赤色が目に入る。相手も驚いているようでお互い数秒ほど見つめあってしまった。



「……お疲れ様です」

「あ、うん…!赤司くんもお疲れ様」



私の手元を確認した赤司くんに笑顔でねぎらいの言葉をかけられてしまい、私も慌てて返した。本来部活で疲れてる赤司くんに私が先にかけるべきなのに……!おそらく赤司くんは体育館の鍵を返しに来てたのだろう。

またね、と声をかけて私は担任にまとめたものを手渡す。すると日直じゃないのに、と感動していた先生になぜか飴をもらってしまった。机に散乱していた飴の袋を見て早く片付けたいんだろうなあと思ってありがたく受け取っておいた。せっかくだから食べてしまおうかと職員室を出て再度驚いた。なぜ赤司くんがまだここに……!?



「さあ、行きましょうか」

「ど、どこに……?」

「なまえさんさえよければ、今日もご一緒にどうですか?」

「……うん」



なるほど、一緒に帰ろうというお誘いか……。気づいたら首を縦に振っていて赤司くんと昨日に続けて今日も一緒に帰ることになった。



「あれ。赤司くん一人なの?」

「ええ。昨日みたいに一緒に帰ることの方が珍しいですよ。主将としてやるべきことが多くて、なかなか共に下校が出来ないんです。……ああ。オレと二人きりは嫌でしたか?」

「待ってっ、そういう意味で言ったわけじゃないからね!」

「冗談です」



校門を出てまず思ったことはレオちゃんたちがいないな……ということだった。どうやら下校はいつも一緒ではないらしく、赤司くんは冗談で私を困らせ楽しそうに笑っていた。赤司くん私で遊んでるのでは……?



「ところで、赤司くんって家この辺なの?」

「反対方向ですね」

「……は」

「反対方向です」

「聞こえなかったわけじゃないよ……!」



まさか私を送ってくれていたとは…!紳士すぎるよ赤司くん……!

ここでいいと告げればでも……と眉を下げて心配そうに見つめてくるので言葉に詰まる。 赤司くんは確かに私より上に見えるけれど、れっきとした後輩なのだ。後輩を遠回りなんてさせたくない。そう伝えるとなぜかため息をつかれた。私が首を傾げると赤司くんはゆっくり顔を近づけて、そのまま私の耳元で止まった。



「オレがあなたを好きだってこと、忘れてますか」



びくり、と肩だけでなく体が震えた気がした。耳に吐息がかかり、赤司くんが離れていくとき彼の匂いを感じる。「後輩でもありますが、あなたを好きな一人の男ということも忘れないでいただきたいですね」こういうときしか一緒にいられる時間がないのだから大切にしたいし、もっと一緒にいたい。赤司くんはそう言って私の右手を自分の左手でぎゅっと包み込む。夜は昼に比べたら涼しくて、今は寒いくらいのはずなのに赤司くんの手は温かい。いつの間にか俯いていた顔を上げて赤司くんの目を見ると、私の視線に気づきふわりと笑いかけてくれた。



「好きですよ。なまえさん」



それはどんなデザートよりも甘美な響きをした言葉だった。


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