あ、落ちる。やけに冷静に分析してる自分に気づいたときには北棟の屋上へ続く階段を踏み外し体が大きく傾いていた。朝寄ったコンビニでいつもは売り切れている限定メロンパンが買えて昼休みまで浮かれていたから罰でも当たったのだろうか。浮かれて罰が当たるってどういうことだ。反射的に目を勢いよく閉じて衝撃に耐えられるように体に力を入れた。だが咄嗟に手を前に出さなかったのが幸をなしたのか、落ちかけていた私の腕を誰かに強く引かれそのまま腕を引いた人物の胸へ飛び込むこととなった。おかげで落ちることも怪我することもなく助けられた私はいつの間にか息を止めていたらしくゆっくり深呼吸を繰り返す。とにかく助けてくれた人にお礼を言わなければ、とは思うのだが後ろ向きで受け止められているこの状態で顔が見れない。ひとまずお礼だけ伝えるか?いやいや、相手の目を見ずにお礼だなんて適当……というか失礼な気がする。こうしている間にも時間は流れていき、沈黙の長さに疑問を感じたのか先に声を発したのは相手の方だった。



「大丈夫でしたか?」

「ひえっ!?」



助けてくれたのは男の子で低くて落ち着いた声で私を心配してくれる。しかし彼が声を出した場所が悪かった。まさか耳元でしゃべられるとは思わず変な声が出てまた沈黙が訪れる。ああ絶対今顔真っ赤だ。顔だけじゃなく体全体が熱い。周りに人がいなくてよかった……!いや、一人私の他に人はいるのだけれど…!恥ずかしさに耐えて彼から離れ後ろを振り向いたとき驚きで目を見張った。私を助けた人物は洛山高校の有名人だったのだ。



「すみません。驚かせるつもりはなかったんですが…」

「えっあ、い、いえ……!私の方こそ…ご、ごめんなさい……赤司くん……」

「! オレをご存知で?」



ご存知もなにもこの学校で彼――赤司くんを知らない者なんてほぼいないのではないかと思う。現在二年生の赤司くんは、テストと名のつくものでは常に一位を譲らず、運動も出来て彼の所属するバスケットボール部では異例の入学当初からの主将を務めている。彼のしっかりとした性格からか先生からの人望も厚く、もちろんのこと同級生に限らず先輩後輩からも人気が高い。一年生のころから赤司くんに目をつけた女子からの告白は止まらず、よく知らないが昨年度の冬から笑顔を見せる回数が増え雰囲気が柔らかくなったたとかで今もその人気は相変わらずという話だ。全てミーハーの女の友人と彼と同じ部活で仲が良いほうだという男の友人の二人に聞いた話ではあるのだが。友人が赤司くんを見つける度にあの人だよ!と叫んでいたため顔も把握済みだ。理由として友人からあなたの活躍をよく聞いていて……と話せばなるほどと納得したように頷いた。自分が注目の的だという自覚は一応持っているらしい。



「ありがとうね、赤司くん…本当に助かったよ……」

「いえ。階段から落ちては危ないですから、気をつけてください」

「は、はい…」


私は三年生で赤司くんの先輩という立場にあるはずなのに上下関係がはっきりしている気がするのはなぜだろう……。言わずもがな上は赤司くんである。

このまま再度お礼を伝えて赤司くんと別れるのが得策か。だけど赤司くんは動く気配が一切ない。助けてくれた赤司くんより先に背を向けるのはやりたくない。かと言ってずっとここで立ち止まっているわけにもいかず考えを巡らす。だがその考える時間は赤司くんに話しかけられたことによって数秒で終わりを迎えた。



「みょうじ先輩。助けてもらったお礼とでも思ってオレの話を少し聞いてもらっていいですか?」

「話…? うん、もちろんだよ。危ないところを助けてもらったわけだし……、え?私の名前……」

「ふふ、ありがとうございます」



どうやら私とお話をしたいらしく止まっていたらしい。初対面の私に話すことがあるのかと話の内容が気になったが、それよりもなぜ赤司くんは私の名前を知っているんだ。助けてもらってから今まで名前を言ってなどいないし、赤司くんと今まで接点のなかった私の名前を知っているはずがないのに。まさか彼は全学年全生徒の顔や名前を覚えているとでもいうのか。そんなことあるわけがないのに困惑していて意味の分からないことばかり考えては否定してを繰り返してしまう。



「好きです」



……時間が止まった気がした。私は口を開けていないから今声を発したのは必然的に赤司くんとなる。あれ、私が聞き逃しただけで話の続きだったのかな……。そうでないとあり得ないじゃないか。これではまるで赤司くんが私に好きと言っているみたいだ。



「みょうじ先輩が好きです」



本当に私に言っていたようだ。赤司くんと目が合わさり私の熱を高めていく。驚きよりも先に、誰かに好きと伝えられるのが初めてなことだったために……すごく、照れる。それにしても私が赤司くんを好きになるならまだ分かる。が、赤司くんが私を好きになるなんてあり得るのだろうか。……もしかしてこれは夢?夢だからメロンパンも買えてかっこよくて見るからに紳士そうな彼に危ないところを助けてもらって告白をされているの?



「一目惚れって信じますか」

「へっ」

「オレは正直信じていませんでした。確かに誰しも第一印象である程度相手を判断してしまう特性を持っていますが、今まで恋愛を真剣に考えたことなどもなかったので。……あなたに会うまでは、ですが」

「え…えっ」

「恋そのものが初めての経験ですが、なかなか面白い感情ですね。……いきなりこんな話をして困らせてしまってすみません」



待って。本当に待ってほしい。え。赤司くん本気で言ってるの。



「あ、あのね赤司くん、」

「はい」

「私ね、赤司くんのことよく知らないし…それで好きとか言われてちょっと戸惑ってるというか……」

「でしょうね。オレも名前どころか顔も知らない異性から告白されたとき同じようなことをよく思いますよ」



ええ……。実際にそんなにモテてるのに私みたいな女の子に一目惚れしちゃったっていうの……?鏡に映る自分の顔を思い出してみても至ってどこにでもいそうな顔が浮かび首を傾げる。私の何が赤司くんを刺激したのか全く分からず頭が混乱してきた。



「ですから、みょうじ先輩にはまずオレがあなたを好きだと覚えてもらって、オレのことをどんどん知ってほしいと思いまして」

「そ…そっか……、んん?」

「すぐに付き合ってほしいなんて言いませんよ。みょうじ先輩にはオレを知り尽くした上で告白の返事をしてほしいです」



私が言葉を選んでいるときに、まるで前もって準備してきたようにぽんぽんと言葉をぶつけてくる赤司くん。そして一歩分距離を縮めて私の顔を覗き込むのだ。



「これからオレのことを意識して振り向いてもらえるよう頑張りますので、よろしくお願いしますね。なまえさん」



今日の出来事もそうだが、ちゃっかりと私を名前呼びして言い逃げをした赤司くんの幸せそうな笑顔を忘れられそうにはない。





「やぁもうっ! 征ちゃんったら大胆ね〜! よかったじゃない、征ちゃんみたいないい男どこを探してもなかなか見つからないわよ!」

「何でそんなノリノリなのレオちゃん……」



話す相手を間違ったかもしれない。レオちゃんはそれはそれは楽しそうに「うふっ」と笑って私にウインクをした。かわいいとでも思っているのだろうか。すっごくかわいいよ。

実渕玲央ちゃんは二年生で同じクラスになってから仲良くなった友達だ。察しているかもしれないが私に赤司くんについて色々と語っていた一人であり、なんとこのかわいらしさで男性なのである。よく女として負けた気持ちになることが多々あったりするけれど、その話はさておき。あれから屋上に行くのをやめふらふらとおぼつかない足取りで教室へ戻れば、レオちゃんが心配して声をかけてくれた。つい先ほど起こったことを包み隠さず話してしまい、興奮したレオちゃんの完成というわけだ。



「赤司くん罰ゲームやらされてるの……?」

「どうして?」

「だって私に告白なんて罰ゲームって考えたら納得するし…」

「……なまえちゃん。それ征ちゃんがいる前で絶対口に出しちゃダメよ」

「ええ…?」



とにかく罰ゲームなんかじゃないわよ!レオちゃんの人差し指が私の額につんと当たる。……確かに赤司くんは罰ゲームさせられるような人ではないだろう。レオちゃんによれば去年のWC以外で負けたことなんてないというし。だがそんな完璧超人に告白されたら誰だって疑ってしまうはずだ。



「赤司くんが本当に私を好きだとして、私じゃ彼に釣り合わないと思うけど…」

「あら。私はなまえちゃんと征ちゃん、すごくお似合いだと思うわよ。征ちゃんのこともっとよく知っていい返事をしてあげなさいね」



考えてみれば私は人から聞いた情報でしか赤司くんを知らない。赤司くんを知る……赤司くんから教えてもらう。返事はそのあとがいいとも言っていた。もしそれで私が好きにならなかった場合のことを思うと返事を先延ばしにするのは少々胸が痛むが、彼がいいと言ったのだから赤司くんを知ってみよう。

絆されたのだろう、別れ際の赤司くんの表情に。


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