「赤司くん……す、すごいね……」
「そうかい? 相手の手応えがないだけだ」
「相手は申し分ないよ! 赤司くんが強いの!」
盤上で駒を動かす音と赤司くんの余裕な表情が忘れられない。赤司くんより"完璧"という言葉が似合う人は今後一切現れないんじゃないかというくらい私は感動していた。泣く子も黙る勝利だった、ということだけははっきり言える。
帝光中創立記念日に行われる帝光祭の今日、生徒たちは活気に満ち溢れていた。私のクラスの出し物である少々センスを疑うカレー店『エレガントdeCURRY』で私は朝のお米とぎで当番は終わってしまったために廊下を一人で歩いていた。接客はほとんど男子が行うし、既にお皿を洗う係やレジ係なども決まっていたからである。することがなくなった生徒はほぼこうしてシフトがない人のように学校中をうろついて楽しむ。黒子くんは午前シフトで埋まっているし、午後はスタンプラリーに参加するというから片付けのとき会おうということにはなっている。ただそのスタンプラリーだが一緒に出ようとしていた巻藤くんに急な用事が出てしまったらしく他の人を探すそうだ。先ほど黒子くんに出ませんか?と誘ってもらったのだがクイズ研のスタンプラリーでは運動もするそうだし、正直運動が大の苦手な私には極力避けたい。申し訳ないが断らせてもらった。そして午前中校内を歩き回っていて出会ったのが、なぜかお菓子を大量に持った赤司くんだったわけである。
「そのお菓子の山どうしたの赤司くん!?」
「みょうじか。これはさっき囲碁部の部員と勝負をしたら八連勝してね。景品だよ」
「八連勝……!」
そろそろ袋が必要かな。その台詞で今までにも何度か勝ったのだろうなと察した。次は将棋部に行くのだと言う赤司くんによければついていっていいかと尋ねる。構わないよ、と赤司くんは予め用意していたであろう袋へお菓子を詰め込みながら了承してくれた。私には予定も入っていなかったし、この目で赤司くんのゲームを見てみたかったのだ。私はボードゲームにあまり詳しくないけれどそれでもいいと言ってくれた赤司くんに感謝した。
そこからは勝利のオンパレードであった。パチン、一手指す度に追い詰められていく相手がかわいそうになるくらいだったが、赤司くんは無表情に淡々と勝利を掴んでいく。
「王手」
「……っま、負けました……」
これで将棋部も五連勝目だ。見事に食堂の食券半年分を獲得した赤司くんは溜め息をついて次へ行こうかと私に目配せした。私はと言えば驚愕でずっと苦笑が止まらない。ボードゲームに詳しくない私でさえ赤司くんがすごく上手いというのは分かる。相手が次どこへ指すのかを分かっているような将棋だった。
「そうだみょうじ、付き合わせてしまったお礼にこれを一本やろう」
「え、いいのに……私が言い出したんだから」
「段ボールを運ぶのを手伝ってくれたときも言い出したのはみょうじからだったね……。まあ、じゃあこれはそのときの分と思ってくれ。さすがにこんなに大量のお菓子を一人では食べられないからね」
「……じ、じゃあ、いただきます」
差し出されたのは賞品であったまいう棒で、私はありがたく普通のコーンポタージュ味を頂いた。納豆明太子味という摩訶不思議な味も見えた気がしたが気のせいだと思うことにしよう。
「思いの外増えてしまったな……紫原に食べるか聞いてみるか」
「紫原くんってお菓子好きなの?」
「よく食べているよ。きっと喜ぶんじゃないかな」
まるでプレゼントを持ったサンタさんのように袋を引っ張る赤司くんの隣を歩く。今は大体お昼ごろ。一度お昼を食べてからにしようということになり、せっかくなので赤司くんに私のクラスのカレー店で食べないか勧めてみた。いいとの返事をもらい私は赤司くんと出し物をしている教室へと目指し、クラスメイトにカレーを二つ出してもらうよう注文した。本当に口に合ったのか、お世辞だったのかは定かではないが、赤司くんはカレーを美味しいと完食する。それに安心し私もきちんと完食した。……うん、美味しい。
「ごちそうさま。とても美味しかったよ」
「い、いえ……っ、そんな、ありがとうございます……!」
レジ係の女の子は顔を真っ赤にしながら赤司くんにお辞儀をしていた。……そうだ、赤司くんモテるんだったよ。去り際にその子に肩を掴まれ、「何で二人でいるのかあとで詳しく」と親指を立てられるが、ただ誘ったら了承をもらっただけなんて言って納得してもらえるだろうか。とりあえず赤司くんに不思議そうな顔で見つめられているために私は急いで赤司くんの元へ戻った。
既にスタンプラリーは始まっている時間だろうか。そういえば校庭が少々騒がしい気がするので、おそらくもう開始されているはずだ。黒子くんは相手を見つけることが出来ただろうか。窓を見つめている私に気付いた赤司くんが私にそっと声をかけた。
「みょうじもスタンプラリーに出たかったのか?」
「いや、私運動苦手だから……赤司くんは出なかったんだね」
「オレが出たら勝ってしまうだろう? そしたら黒子がバッシュを取れないからね」
「あ、そっか。黒子くんに景品教えたの赤司くんなんだよね」
あの連勝を見続けたら「勝ってしまうだろう?」には「はい」としか答えられない。スタンプラリーもいいが、私は少々気になっていることがある。
「赤司くん……、紫原くんって涼太くんと同じクラスだったはずだよね?」
「そうだが」
「じゃあ、出し物やってる場所、こっちじゃないんじゃ……?」
なぜ中庭の方向へ……?行けば分かると返されてしまえば私はただ黙ってついていくことしか出来ず、口をつぐんだ。しかし、校舎の角を曲がってすぐ疑問は解消されることとなる。あーっと気だるい声を上げる紫原くんの姿を見つけたのだ。ただ服装には目を見張ったが。なんとドレスを着ていた。
「そういえば縁日やるって言ってた気が……」
「あれー、赤ちんと……んーと……えっとね、ちょっと待って」
「みょうじなまえだよ紫原くん」
「そうそうみょうじちん。一緒に帰ったことあるのは覚えてるー。……で二人してどうしたの?」
この時間はきっと休憩していると思っていたよなんて言う赤司くんに脱帽した。普通に生きていたらそんな予想は出来やしない。
「紫原、実は景品である菓子を些か多くもらいすぎてしまってね。店が終わったら食べるかい?」
「わーいいの!? 食べる食べる!」
「みょうじもそれでいいだろうか」
「私も……? 一緒にいいの?」
「もちろん。ここでみょうじを邪魔者扱いしないさ」
黒子くんと会うのは片付けのときだから大丈夫だろう。私は三人で開いていて景色がいいという旧館の屋上で食べることを約束したのだった。
*
「何をしているのだよ三人で」
「ミドチンこそ何してんのー? もしかしてお菓子分けてほしい?」
「意味が分からないのだよ。オレは黒子たちが旧館の屋上に入っていくのが見えたから追っているだけだ」
「オレとしては追ってる意味が分かんなーい」
あああ。私は申し訳なく思いながらも赤司くんの背に隠れそっと緑間くんを盗み見る。しかし向こうも私を見ていたみたいで目がばっちり合ってしまい変な声を出しながらもう一度隠れた。……び、びっくりした……!
「緑間もここの屋上に用があるなら一緒にどうだい?」
「……ああ、別にいいが……って、赤司何だそれは……」
「赤ちんね、道場破りしたら景品もらったらしいよ。お菓子いっぱいあるから食べるんだー」
「道場破りではないさ。少々負けなしで勝ち進んだだけだ」
「立派な道場破りなのだよ」
階段を上るときさり気なく私と最後に上ってくれるという赤司くんの紳士的行動を目の当たりにしつつ旧館の屋上へ立ち入ると、緑間くんの言った通り黒子くん、そしてさつきちゃんと涼太くん、青峰くんの四人が絶景とも呼べる景色を見ていた。
「なまえちゃん!」
「あーなまえっち! オレがシフト中のとき来なかったでしょー!」
「ごめんね……! 来年は涼太くんのクラス一番に行くから……!」
「朝ぶりですね、みょうじさん。黄瀬くんのことは気にしないでいいですよ」
「ヒド!?」
私たちが旧館の屋上へ来た理由を説明し一緒にお菓子や涼太くんと青峰くんがバッシュが取れずやけになって買ったという焼きそばとお菓子を地面に広げる。ここは黒子くんのオススメの場所だと言う。確かに景色が綺麗で吸い込まれそうだ。
「黒子くんは優勝できたの?」
「負けちゃいました……でもこの景色を喜んでくれたみたいなので、それはそれでよかったです」
「……そっか」
近くに青峰くんがいるということで小声で聞くと負けたがよかったと苦笑していた。どうやら黒子くんはさつきちゃんと出場したらしい。
「あっ! ねえ、皆で写真撮ろうよ!」
「いいっスねー! オレカメラ持ってるっスよ!」
「ほらほら、なまえちゃんも立って! 一緒に撮ろ!」
「わっ、私も!?」
緑間くんの真ん中は早死にするという言葉で少々真ん中は誰にするかという論争がされたが、なぜだかこのメンバーに明らかな場違いである私を加えて写真を撮ることになってしまった。
「あ、あの……いいよ私は、」
「この流れでなまえちゃんはぶるわけないでしょーもうっ」
「でも……」
「いいんですよみょうじさん。友達同士で写真を撮るのに理由なんていらないでしょう?」
「……うん」
赤司くんにみょうじは確認や否定的な言葉が多いな、と笑われてしまい何ともその通りだと思わず頷いてしまった。
「あとでプリントして渡すっスね!」
「おう頼むぜ黄瀬」
「任せてくださいっス!」
こうしてみるとあっさり終わってしまった気がする帝光祭。だけど、とても楽しいものになった。今日はずっと、嫌なことが忘れられた。
その後突然突風が吹き焼きそばの入っていたフードパックや紫原くんの食べていたお菓子の袋が飛ばされるというハプニングが起こり皆で屋上中を走り回るということがあったのだが、それも含めていい思い出となった。全て拾い終わるころには息も上がっていて、皆は運動部でバスケ部一軍ということもあってかまだまだ余裕そうで羨ましい。その中で一番疲れている黒子くんと顔を見合わせて、笑いあった。今日は本当に楽しかった。