4.ストーカーでした

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白蛇は(そこまで汚れてはいなかったが)綺麗になった"自分の部屋"に、つい口角が上がってしまい口元を手で押さえた。

こひなから余った部屋を自分の部屋にするといいです、と言われたのが朝食をとっているときのこと。
前触れもなく何か言い出されることには慣れてきたものの、こんな嬉しい提案をもらえるとはと白蛇は何度も大きく頷いてお礼を言った。
そうと決まれば、とコックリさんが毎夜寝ている部屋の隣を使わせてもらうことにしたのだ。
コックリさんがいつも掃除をしてくれているため大したことは何もしていないが、軽く掃除をして部屋を見渡した。



『私の部屋だ……』



逃げ回っていたばかりの昔の自分。それはまだ白蛇として存在していたときも、こうして命が尽きて物の怪になってからも同じ境遇だった。
白蛇を売ってお金を儲けようとしている者などたちから身を守るため、色々なところを逃げ、見つかり、また逃げる。
だから自由に出来る部屋がもらえるとなって言葉では表せられないほど気分が舞い上がっているのだ。

ちなみに、それをこひなに告げたら淡々とした声で「なら人間の姿で生活すればよかったのでは? 白蛇さんは意外とアホですね」と一蹴されてしまった。蛇は元々化ける種族ではないため、人間から逃げるために変化の術を覚えたことを伝えるとこひなは「……それはお疲れ様でした」と眠いのか目をこすりながら呟いていたのを思い出す。
だが朝食後頭を撫でてくれたのは、こひななりの心配だったのだろうか。本人にしか分からない。

白蛇が変化の術を覚えたのはつい三年前。このまま人間の姿でいようとしたが、人間のままでは住むところがないため一年も経たないうちにまた蛇の姿に戻り穴の中で生活をしてきたのである。
こひなと会ったのは、食料を取ろうと穴から出た直後「白蛇だ!」と大人に見つかり、逃げていたら怪我をして弱っていたところを助けてもらった…という流れだ。今思うと噛まれる心配をしていたのではないか、と勝手に予想している。
一応白蛇は無毒なため、噛まれたところで最悪感染症程度だろう。

もちろん、何度か人間を嫌いになりそうなこともあった。
今まで生きてきて我慢の限界が来たこともあったが、それもこひなという命の恩人が現れてくれたことで一気に消えたのだ。人間にもいい人はたくさんいるのである。
今ではすっかり人間の姿が当たり前になっていた。

布団を運ぶのは夜でいいだろう。白蛇は昔を思い出すのをやめて一度居間へ戻ろうと掃除の道具を持って部屋から出た。
そして気付くのは、激しいザアア…という音。外は雨らしい。
道具を元の場所へ戻して居間へ行くと、コックリさんが洗濯物をたたんでいるところだった。



『コックリさんコックリさん!私の部屋、掃除終わりました』

「おー、よかったじゃないか!」

『でもコックリさんがいつも掃除してくれてたみたいので、最初からすごくきれいでしたよ』

「まあ、それが俺の仕事だしな」



てきぱき、てきぱき。慣れた手つきで洗濯物はたたまれていき、最後の一着が終わるまで白蛇はコックリさんの隣でそれを見ていた。

ここに憑いているとはいえど、このまま何もしないままというのは失礼なのかもしれない。そもそも物の怪は確かに人にとりついて祟るものだが、全てがそういうわけではないのだ。このコックリさんのように。
もはや祟っていない。お世話をしている。もちろん昔のコックリさんのことは知らないのだが。
しかしながら家事などやったことがない白蛇は手伝いをしようにも出来ない。失敗をして迷惑をかけるのが落ちだ。

だが、そこまで考えてはっとした。目の前にいるではないか。教えてくれそうな優しい狐が。



『あの、コックリさん!』

「ん、どうしたんだ? いきなり大声なんて出して」

『家事、教えてください!』

「え?」



訳を話すとコックリさんは快く了承してくれ、これから夕食を手伝ってくれるか?と提案を持ち掛けてくれた。
これでこひなの役にたてる。恩返し一つ目は、家事をすることだ。



―――


『というかコックリさん。今日こひなちゃん学校ありませんでしたよね?どこかお出かけですか?』

「なんか散歩らしいけど、すぐ帰ってくると思うぞ」



合羽と傘は持たせたけど、と心配そうに目を細めるコックリさんに、白蛇はふふっと笑みをもらした。
心底こひなを心配している様子がうかがえる。すぐ帰ってきますよと声をかけようとすると、ガラガラと戸が開いた音が聞こえた。
途端にほっとした顔になるコックリさんだったが、いつになってもドアが閉まる音がなく、こひなも居間へ戻ってこないため段々と顔をしかめているのが見える。



「ちょっと俺様子見てくるな」

『は、はい…』



居ても立っても居られなくなったのか、コックリさんは腰を上げて居間から出ていった。
どこか怪我をしたのかと白蛇も心配になったがコックリさんが見に行ったのだから例えそうでも安心だろう。
白蛇は大人しく正座をして、こひなちゃんが来たらとりあえずおかえりと言おうと意気込む。

しかしなぜだか玄関が騒がしい。こひなとコックリさんが言い合いでも始めたのだろうか。だが聞こえてくるのはほぼ男二人と思われる会話。

白蛇は足音が近づいてくる音を聞きながら顔を襖へ向ける。お客様?と疑問が浮かんだ直後、コックリさんが出ていった襖が勢いよく開いた。



「まあまあ、とりあえず話しあおうではありませんか」

「何勝手に上がりこんでんだよ!帰れ!!」

「ご冗談を。まずは自己…紹介、から……」



黒髪の男の人がいきなり入ってきたのには目を疑った。コックリさんの口調からしていわゆる招かれざる客なのだろうということは分かる。その男の人は白蛇と目が合うなりビシッと固まり、



「貴女にお会いしとうございましたっ!!」



顔を紅潮させながら白蛇を抱きしめようと腕を広げていた。
いきなりのことで頭が追い付けず逃げることが出来なかった白蛇を助けてくれたのは、どこから出したのかフライパンで男の人を殴ってくれたコックリさんだった。

全くもって男の人の顔に覚えがない白蛇は、未だに動揺をしつつも男の人を見てほとんど叫んだ。



『誰ですか!?』



人間の姿になってこひなに初めて言われた言葉も、誰ですかだった気がする白蛇であった。




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