10.深夜の会話でした

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カタン、という小さな音で目を覚ました白蛇は目をこすり辺りを見回す。自分の部屋から出た音ではないと分かり、気になったために襖を音を立てないように開けて廊下に出た。
なるべく足音を消して歩いていくと居間から人の気配を感じ覗き込んだ。そこには背中を丸めて座っている人がいて、暗い居間にいる人影に驚愕で肩を揺らす。しかしよく見てみればそれは白蛇のよく知る人物で不思議に思いながらも近づき声をかけた。



『信楽、さん……? どうかしましたか?』

「……っお、蛇の嬢ちゃんか」



狸の物の怪、信楽だったのだ。呼びかけても背中を向けたままこちらを見ようともしない信楽に少しばかりむっとし居間の明かりをつける。が、瞬間白蛇は息を呑んだ。
信楽の右目から血が出ていたのである。



『え、ちょ……お、女の方にちょっかいでもかけましたか……!?』

「絶対言うと思ったけど違ぇなあ」



信楽はポリポリと頭を掻きながら苦笑した。
白蛇は笑えるはずもなく、急いで救急箱を取り出し手当てを開始する。
しなくていいと抵抗されたが強く『動かないでください』と声をかけこれ以上抵抗しないよう釘を刺した。



「目にガーゼは、あまり好きじゃないぜ」

『じゃあせめて血が止まるまではつけててください。それ以降は信楽さんの好きで構いませんから……』

「んー……まあ、せっかく蛇の嬢ちゃんが看病してくれたしなぁ」

『……もう。またすぐそういうこと言うんですから』



手当てが終わり、そのまま救急箱を片付けていると信楽から嬢ちゃん、と呼ばれ顔を向けた。
その顔には困惑が見て取れて白蛇は小さく首を傾げる。どうかしたのか聞けば、言いづらそうに信楽が口を開いた。



「何が原因でこんな夜中に目から血流してるのかあれ以上聞いてこないから、おじさんちょっと戸惑ってる」

『……もし本当に女の方が原因でそうなっているのなら、きっと信楽さんは今そんな辛い表情をされていないのでしょうね』



そう言うと信楽はフッと自虐的に笑った。何かあったことなんて信楽を見れば分かる。人を化かすことが仕事だなんて言っておいて、これでは化かせるものも化かせない。
大きく息を吸い、しばらく止めて、勢いよく吐き出す。それを数回繰り返して、信楽はぽつりと独り言のように話し始めた。



「嬢ちゃんが一つ眼と秘密で遊んでたんだ」



少し前にこひなが傷の手当てをしたという一つ眼を、どうやらコックリさん達には秘密で近くの神社の前で飼っていたらしい。
飼う前に偶然見つけていた信楽はこひなのお金を交換条件にして内緒にしていた。この時点で信楽を少し冷たい目で見てしまったことは黙っておく。一つ眼を隠す際にこひなに協力したと言っていたため、恐らく先日こひなに化けていたのは(むしろ変装であったが)それが理由だろう。

しかし、一つ眼は低級の妖である。血の味を覚えてしまった一つ眼がつい先ほどこひなを切り刻みに来たらしいのだ。それを助けた際呪詛をかけられてしまった、と。



「嬢ちゃんには妖を見えなくさせてもらったぜ。これでもう見えることはなくなる」

『……はい』



こんな話してすまねえな。謝られたが、白蛇は首を静かに振った。



『内緒だったのに、私に話しちゃいましたね』

「何でだろうなー。多分蛇の嬢ちゃんになら、話してもいいかなあなんて思っちゃったんだろうな」



でもきっと、誰かに聞いてほしかったのだろう。自分がしたことはこれでよかったのだろうか。そう思うことなど誰にだってあることだ。
白蛇にだって信楽のしたことが正解だったのか不正解だったのかなんて、見てきたわけではないのだから何も言えない。
だから何も言わず、ただこう言えばいい。



『お疲れ様です』



それだけでも結構救われるものだ。肯定だけが人を安心させる手段ではないのだから。
証拠に、信楽の目は細められていた。



「んじゃ、もう寝るとするか」

『そうですね、私も朝が辛くなりますし』



お互い腰を上げて居間の明かりを消す。部屋へ向かおうとしたとき、後ろから「あ」と声がし振り返る。
信楽は小声で言い忘れてたぜと手を合わせると少し頭を下げた。



「このことは、皆に秘密にしておいてくんない?」

『この場合私も信楽さんに金品を要求した方がいいのでしょうか……?』

「そんな薄情なこと言うなよー。おじさんと蛇の嬢ちゃんの仲だろー」

『どんな仲ですか…』



とは言っても断る理由がない。承諾すればよかったと何度も頷く信楽に笑ってしまった。
今度こそ寝ようとおやすみなさいと声をかけ自分の部屋へ向かう。



「おやすみ――白蛇」



勢いよく再度振り返るが、既に信楽は背を向けて歩き出していてこちらに気付くことはなかった。
白蛇はもう一度小さくおやすみなさいと呟いて、遠ざかっていく信楽の大きな背中を見つめていた。




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