9.進展の兆しでした

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『あ、狗神さん。こひなちゃんの散歩待ちですか?』

「これは白蛇様…! はいそうでございます。よろしければどうぞ、此方へおかけください」

『え? あ、ありがとうございます』



居間で上機嫌で正座をしていた狗神へ白蛇が声をかけると、女姿の狗神は尻尾を大きく振り自分の隣の座布団を数回叩いて座るよう促した。
特にすることもなかった白蛇は断る理由もなく狗神の隣へ座る。
狗神はそれだけで嬉しいのか尻尾の動きが止まることはなかった。



「白蛇様が一人外出禁止令から解放されるのはいつごろになるのでございましょう…」

『そこはコックリさんに聞かなければ何とも言えないですけど……』

「私とお散歩に行けば白蛇様は一人ではなくなるというのに、なぜダメなのでしょうか。それとも狐殿の言うことなんて聞かずに白蛇様と愛の逃避行をすればよろしいので!?」

『あはは…、狗神さんの頭にたんこぶが増えそうですね…』



他愛無い話をしていると「そういえば……」と思い出したように狗神が口元に手をやった。



「先日我が君に白蛇様の態度が冷たいということをお話したのですが…」

『!? わ、私、知らぬ間に狗神さんに粗相を……?』

「そうではなくてですね、例えばこう――」



ポンと音をたてて煙と共に現れたのは男姿の狗神で、距離の近さに「ひっ」と緊張から声が出る。
離れようと思い後退しようとするが、狗神の手によって腕を掴まれてしまい更に距離が縮まった。



「そう、こういうのでございます」

『っえ、…え?』

「私が男の姿のとき、白蛇様は異常なくらい反応して逃げてしまいます。なぜですか?」

『な、なな、なぜって、』



ぐいっと体だけでなく顔も近づけられて反射的に息を止める。
言葉を出そうにも唇が震えるだけで喉から何も出てくれない音に苛立ちを感じた。
そんな白蛇を見て狗神は珍しく心から悲しむような表情になり無理に笑う。



「色々と考えたのですが、この姿の私を嫌っているのではないかという考えに至ってしまい……」

『っ、そんなこと!』

「違いましたか? ……すみません白蛇様。私が何かしているのならおっしゃってくださらないと直しようがありません。白蛇様に避けられるのは辛いのでございます」



この言葉には目を見開く他なかった。こひなにどんなに蔑まれても顔を紅潮させて喜んでいた狗神を見ていたため避けられることなど気にしていないものだと思っていたからだ。
とにかく誤解を解かなければ。白蛇はまとまらない言葉たちを頭の中で精一杯整理しながら声を振り絞った。



『い、ぬがみさんは、何もしてない…です……。全部私のせい、ですので……』

「……と、言いますと?」

『近くにいるから、分かるでしょうけど……その、男の狗神さんの近くに寄ると…なぜか息が苦しくなって、心臓が…うるさい、ので。嫌なわけでは、なくてですね…』



掴んでいる手の力が少しだけ強まり少ししてから緩む。
狗神を見れば先ほどの悲しい顔とは打って変わって優しい笑みとなっていた。



「左様でしたか」

『……あの?』

「いえ。それだけ聞ければ今日は十分でございます」

『――狗神、さん』

「?」

『でも……次はせめて逃げないように、頑張りますね』

「っ……はい、」



再度狗神が女の姿になったことで平常心が戻り息も落ち着いてきた。あまり吸えていなかった酸素を取り込み、大きく息を吐く。
腕にあった手はいつの間にか指が絡められいわゆる恋人繋ぎになっている。
満面の笑みを浮かべた狗神はその手をしばらく離そうとはしなかった。




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