7.狸が加わりました
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追いかけっこの際信楽を蹴ることでその場をおさめたコックリさん。顔面キックをされて赤くなった顔をさすりながら、信楽は突拍子もなくお金を貸してほしいとコックリさんに頼みだした。
もちろん一秒も経たぬ間に断わったのだが、コックリさんは前にもお金を貸したことがあったらしくそれを返せたら貸してやると宣言してしまう。即座に二百円を手元に置かれ膝をついたコックリさんを横目に、信楽はまたもお金を借りたのだった。
「現在の価値にして返してくれよ!俺の明治の百円っ!」
聞くところ貸した分は返してもらったという。当時は大金であった。
余程悔しかったのか、コックリさんは信楽の後をつけることにしたらしい。流れで白蛇やこひな、(もちろんアニマル姿の)狗神もこそこそと信楽の後をつけることになった。
『わざわざつけるんですか?』
「あれは俺が毎日特売日をチェックしたりしてコツコツためたヘソクリだ!むかつくから無駄遣いした瞬間奴を財布ごと焼く!!」
とてつもない執念である。
後をつけてから数十分が経ち、信楽が訪れた場所はふしだらなところではなく児童養護施設だった。
これには全員が度肝を抜かれ施設の入り口から信楽を盗み見る。
「お菓子もってきたぞ」
「おいちゃーんっ」
わいわいと施設にいる子どもたちを抱っこしたり、施設長らしき女性の人にお金を渡したり。
あの狸がとてもいい人になっていた。
「あら…お客様ですか?」
自分たちに気付いた女性が微笑みながら声をかけてきた。
戸惑いつつも信楽はいつもこんな感じなのかとコックリさんが疑問を投げかける。すると女性はためらいなく頷いた。
「ええ。毎月寄付をしてくださって助かってます。信楽さんがいなかったら施設を維持できないくらいで…」
「……なんてことだ。なんだかとっても燃やしちゃいけない雰囲気だな。クズニートから超ボランティア野郎になっとる…」
「狸のおじさんも、世話好きなのです?」
「白蛇様今日も麗しい」
白蛇は子どもたちと戯れている信楽を見てみる。ダメ人間かと思っていたが、自分のことを一度は助けてくれた人。
思っているほどダメな人ではないのかもしれない。
「ここにいる子どもたちも行き場をなくして困っているところを信楽さんが連れてきてくださったんです。だから皆、信楽さんによく懐いていて……」
本当にいい人ですよね。女性の言葉で、白蛇は信楽がダメな人間だけではないということを学んだ。
―――
「なんだよ、つけてきたのか」
用が済んだ信楽が施設から出てきたところを総勢でお出迎えである。
気だるげな声で煙草を口にした信楽は、次は嬉しそうに監視するほど自分のことが好きなのかと声を弾ませてきた。
「まったく仕方ない奴らだ。抱きしめてやるからこっち来い」
「くびり殺すぞ」
コックリさんは容赦がない。
『あの…、ただのダメ人間じゃなかったんですね…。思い込んでてごめんなさい』
「ん? なんだ、それに気付いておじさんに惚れちまったか?」
「白蛇様が惚れるのは私だけでございます!」
「狗神さんシャラップ。狸のおじさんは生臭駄目坊主と見せかけて実はいい人キャラだったのですね」
こひなにそう言われ信楽は照れたように頭を掻く。
白蛇は、信楽がダメ人間だと思っていた。
「仕事の一環として、いい人の振りをしてるんだよ」
『仕事…?』
「ああ。おじさんの仕事は――人を化かすことだからな」
ニィといたずらっ子のような笑みを浮かべる信楽を見て、改め直す。
信楽は本当はいい人なのだ。信楽と一緒に住むのは反対派であったが、コックリさんが言うただのクソニートでないなら話は別である。
「元が悪けりゃ、いい人の振りをすりゃ人を化かしたことになるから楽でいい」
「……それは照れ隠しなのです」
『はい…。私――信楽さんはいい人なんだって思います』
信楽を受け入れようと、白蛇は笑顔を向けた。
「そう思うなら、お嬢ちゃんたちももうおじさんに化かされてんだよ。それに、おじさんはいい人なんかじゃねぇよ。だって…」
煙草の煙を吐き出して施設の外で遊んでいる子どもたちへと目をやる信楽は、言葉を発した。
「あの子ら皆おじさんが取り憑いた家の子の末路なんだぜ? さすがに心痛むよねー」
「テメェが諸悪の根源かよ!?」
『前言撤回します! やっぱり信楽さんはただのダメ人間ですっ!!』
「白蛇様抱っこしてください、そして好きです」
「狗神さんしゃべることがないからって白蛇さんへの愛ばかり口にしないでください」
クズはやはりクズだった。
信楽を咎めながら皆で歩く帰り道。なんやかんやで、こひな家に狸が加わったのだった。