5.やはり苦手でした

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「痛いではないですか」



挽き肉にされた狗神の第一声だった。
痛いで済むのかどうかとても疑問に思ったが、こひなが白蛇の気持ちを代弁してくれたようにそのことを聞いてくれたため、白蛇は原形をとどめていない狗神から少し離れる。モザイクが必要なほど、とてもじゃないが見られたものではない。

挽き肉にされた狗神はこひなの言葉を受け嬉しそうに声を弾ませる。
すると挽き肉になったはずの狗神は少しずつ形が戻り始め、周りに煙と共に音がなった。



「ご安心を。物の怪はわりと不死身です故」



不死身、という点は認めよう。実際白蛇含めた物の怪はほとんどがそうだ。
しかし今気になる点はそこではない。



『……女?』



狗神が突然女に変身してしまったのである。どうやら生前の性別がうろ覚えらしく、物の怪になってからも新人なため不安定に性別がコロコロ変わるという。
話を聞く限りではアニマル姿のように女の姿にも自分で変えられるときは変えられるらしい。いきなり変わってしまうということはあまりないということだ。



『それなら安心ですね』

「はい。ですから、百合ルートとノーマルルート。お好きな方をお選び頂けます!」

『る……ルート……』

「狗神さんを攻略する予定はありません」



友情エンドがないことに冷や汗をかいた。

この姿でも何卒、と握手を求めてくる狗神に、この姿では大丈夫なのだろうかと恐る恐る手を伸ばし触れる。
だが、やはり何も起こらず白蛇は一安心した。狗神の人の姿を見ても、触っても、あの動悸がくることはない。
考えすぎだったようだ。白蛇は笑顔でよろしくお願いしますと狗神へ返すことにした。



「此方こそでございます。ところで白蛇様」

『? はい』

「この手、一生洗いませ――」

『洗ってくださいっ!』



狗神の白蛇への気持ちは、冷めることを知らないようだ。



「……コックリさんも女の子になれるのですか?」

「何にでもなれるぞ」



ふと気になったのかこひなが口にしたのは、コックリさんの女の子になった姿が見たいというものだった。
何にでも。その言葉を聞いて白蛇も見たいという気持ちが芽生えてくるのを感じ、いいですねと言葉を発する。
しかしコックリさんは頑なに女体化を断り、他のならいいぞと逃げた。理由は不明だが、本当に女の子になるのだけは嫌らしい。

そこで白蛇はこひなのカップメンにはなれるのかどうかという度肝を抜かれた質問に、コックリさんが恐怖で震える瞬間を見ることとなった。



「ところで我が君、白蛇様。女の子同士なら――」



狗神が紅潮した顔で、女の子同士ならお風呂も寝るのも一緒でOKですよねと語ってくる。
既に準備万全の狗神を止めてくれたのはコックリさんだった。



「お風呂!! 同衾!」

「駄目に決まってるだろ、たわけが!」



もちろん、狗神は駄々をこねつつ抵抗していた。



―――


いつも邪魔をするコックリさんにとうとう嫌気が差したのか、狗神は拳銃を両手にコックリさんを庭へ連れ出した。
ああだこうだしている内にすっかり日は暮れ、夕焼けがこひな家を綺麗に照らしている。
そんな風景とは裏腹に、二人の空気は最悪であったが。



「何なのでございますか。私とお二人の間に入ってきて図々しい!! 馬に蹴られて死ぬ呪いをかけますよ」

「お前のような変態の毒牙から守る保護者だよ……。大体、本当に愛しているのなら二人も同時に結婚なんて考えない」

「何をおっしゃる。一夫多妻制という言葉をご存じで?私は男の姿でも女の姿でもお二人を幸せに出来ると誓いましょう」

「法律上絶っ対無理だ!」



途端狗神の拳銃とコックリさんのフライパンで、戦闘が始まってしまった。狗神が撃って、コックリさんがフライパンで防御する。
やけになっている二人を止めたほうがいいのか白蛇が焦っていると、ポンと背中に手が当てられた。確認する由もないが、こひなだ。



「白蛇さん、落ち着くのです。ここは猫さんでも見て心を癒しましょう」

『猫を、ですか?』

「あの戦いも暫くすれば終わるのです」



こひなは言うや否や、どこからか入ってきた猫を撫で始めた。銃声と銃弾を受け止める金属の音が響くなか冷静に対処するこひなに尊敬の目を向ける。心の中から、眼差しで尊敬の意を示した。
言う通りにしようと白蛇も座って猫を触る。ふわふわの毛並みに丸っこい体つき。本当に心が癒される気分になってくる。



「猫さんはとても可愛いのです。白蛇さんも猫は好きですか?」

『もちろん好きですよ! この感触が堪らないです…なるべく早めに可愛いプニプニの蛇になれるよう調べないといけませんね』

「そしたら市松に一番に触らせてください」

『こひなちゃんのために変化するんですから、当然ですよ』



約束として指切りをして、こひなは猫の頭を撫でながらふうっと小さく息を吐く。



「猫さんもモフモフでござる…。市松は犬と猫なら、断然猫派なのです」

『私は可愛いならどっちでも――?』



先程まで騒がしかった庭がこひなの一言で一気に静まり、何事だと見れば口を大きく開けてショックを受けている二人の姿。
イヌ科二匹には辛い言葉だったのか、猫を取り囲み暴言を吐きながら八つ当たりをしていた。

しかし、二人は流れでやけ酒をあおりすっかり意気投合したようだ。
コックリさんがボトルごとお酒を口に含み、ジョッキで何杯も飲んでいる狗神とネコ科滅べを連発している内にイヌ科同士の友情が生まれたのだろうか。
猫へのコンプレックスが凄まじいコックリさんと狗神の会話を聞きつつ白蛇はこひなの隣で黙って座っていた。



「しかしこうしてると、案外話せる奴だな。お前」

「…そちらこそ」

「……挽き肉にして悪かったよ」

「いえ。私こそ色々と申し訳ありませんでした」



これは二人が仲良くなる場面では。白蛇は最後まで見届けようと握手を交わそうとしている二人を微笑ましく見つめた。

――バクンッ

瞬間、感動の場面とは似つかわしくない音が響く。
握手をし返そうと出した狗神の右手がにゅるにゅるとした化け物に変わり、コックリさんの差し出した手を思いきり噛んだのだ。



「……仲直りする気ないだろ?」

「ええ。ありませんよ? 欠片も、一ナノミクロンもございません。こひな様と白蛇様以外は邪魔でございます故」



仲良くなれる可能性を期待していた白蛇が肩を落とした直後、突然浮遊感に襲われた。
驚く中で、気付けば狗神の腕の中。どうやらあの手は伸びるらしく、白蛇へと巻きつかせ自分の腕の中へと移動させたらしい。
見上げると狗神はふふふっと笑いながら白蛇の頭を撫でる。好きですという言葉付きで。
コックリさんがこひなは守れねばと察したのか背中へと隠し叫んだ。



「近年稀に見る嫌な奴だよお前!! 白蛇を離せ!」

「嫌でございます。それから――」



煙に包まれ、狗神は男の姿へと戻った。同時に、白蛇は少し目を見開く。



「よく言われます。ちなみに、私に関わる者は基本胃が穴だらけになります」

「もうお前出てけよ!」

「コックリさんの胃の調子が悪くなっていく一方なのです」



離す様子を見せない狗神に、白蛇はあのと小さく声をかける。
狗神はそれに気付く素振りを見せるとにこりと微笑まれた。そこで白蛇は、段々と体全体の体温が上昇していくような感覚に陥る。

まただ。



「……白蛇様? 顔が赤いようですが、どうかされましたか?」

『……っや……』

「はい?」

『やっぱり狗神さん無理でしたあああ』

「白蛇様!!?」



力づくで抜け出して廊下へ飛び出す。アニマル姿と女の姿は大丈夫だったのにと廊下の隅でうずくまる。全然考えすぎではなかった。

白蛇は昨日の決め事を改める。狗神に近づかないのではなく、狗神が男の姿のときに近づかないようにしよう。
ドキドキドキドキ。うるさいくらいに鳴る心臓に、白蛇は暫く苦しむこととなった。



「(白蛇さんが狗神さんに対して乙女だというのをすっかり忘れていました…)」




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