4.ストーカーでした

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狗神はこひなについて詳しく(勝手に)語ってくれていた。生前……まだ本当の犬だったころ、捨て犬で不安で震える自分に優しくしてくれたのがこひなだと。温もりを教えてくれたのだと。
こひなの名前や好物だけでなく、身長や体重、骨密度までもを熟知していると知りコックリさんが気持ち悪いと叫んだのは言うまでもない。



「? でも待て。その話からいくと白蛇のことを知っていた理屈にはならないぞ」

「白蛇様と仰るのですね…っ! なんて素敵なお名前なんでしょうか!」

「市松がつけたのです」

「なお素晴らしい!」

「いいから早く話せよめんどくさいなあもう!」



狗神は一度咳払いをしてから、白蛇に近づき手をぎゅっと握った。
近くで見る顔に思わずわっと声を上げるが狗神は気にせず話し始める。



「白蛇様、貴女様とて私に優しくしてくださった一人です。今日のような雨の日でございました。凍えるような寒さに耐えていたとき、白蛇様が与えてくださった手ぬぐい。それと共に撫でてくださったあの手の感触は一度も忘れたことはありませんでした。こうして物の怪になってから白蛇様のことを探したのですが一向に見つからず、もう会えないのかと思っていたのですが…。物の怪になった今だからこそ分かります。白蛇様も物の怪の類なのですね!こうして会えたのもまた運命!さあ、白蛇様!私の胸に飛び込んで――グフッ」

「だから気持ち悪い!!」



人間の姿を知っているということと、手ぬぐいを与えた犬ということで思い出した記憶は、白蛇が三年前変化の術を覚えて少し経った後のことだった。

人間の姿になったはいいもののやはり住む場所が見つからず街を彷徨っていたときに見つけた捨て犬。孤独な自分に姿が重なり、白蛇は持っていた手ぬぐいをその犬にかけてあげたのだ。
白蛇は幸運をもたらす、なんて言われているにも関わらず、餌を買えるお金もない白蛇は飼うことなんてとても出来ず犬の頭を二、三度撫でて誰かが拾ってくれることを祈りながらその場を後にした。
それ以降見つけられなかったのは白蛇が人間の姿をやめて、ずっと蛇の姿でいたからだろう。

まさかあのときの子犬がこの狗神とは。コックリさんに蹴られたのにも動じず白蛇様と愛を叫んでいる狗神に、白蛇は申し訳なさで頭を下げた。



『あ、あのときは…餌をあげるお金も何もなくて……見捨てたりしてごめんなさい……』

「そんな、とんでもありません! 私にとって白蛇様は心の支えとなったお方でございます。ご自分を責めないでくださいませ」

『……は、はい』



それでも、と渋る白蛇に、狗神は握っていた手をぱっと離し思いきり抱き付き体を密着させてきた。
白蛇は目を見開き思わぬ事態に体を硬直させる。狗神はやはり構わず耳元でしゃべり続けた。



「貴女様にまた会えて、言葉を交わすことができ私はとても嬉しいのでございます」

『え、……え?』

「ですから昔のことを悔やまないでいただきたい…。どうか笑ってください」

『い、狗神さん…、ち、近いです……っ』

「いえ、その怯えた表情もとてもそそるのですが、白蛇様には笑顔の方がお似合いですので――」

「感動の場面かなって思って空気読んでみた俺がバカだったよ白蛇から離れろ!!」

「危ないワンワンなのです……」



コックリさんは無理矢理二人を引き剥がし、白蛇は急いでコックリさんの後ろへと自分から隠れた。
こひなが身長の関係で頭には届かなかったのか背中を撫でる。だが、白蛇はとても落ち着ける状態ではなかった。

ふふっと笑い声が聞こえ狗神を見れば、顔を赤くしながらこひなと白蛇を見つめていた。



「こひな様……契約してしまえばもう私のものも同然。更に白蛇様とも一緒にいられる……。これからは、一つ屋根の下で愛を育んでいけるのですね…」



またも抱き付こうとする狗神にコックリさんは痺れを切らしたのか、エーテル加工らしいフライパンで先ほどよりも強く殴った。
動かなくなった狗神は暫く離れの個室に住ませて様子を見ようということになり、こひなが工作で作ったいわゆる小屋で面倒を見ることになったという。

そんな中、白蛇はなぜかいつもよりリズムの速い心臓の音を感じる。小屋に住み憑くと宣言している狗神に数秒だけ目をやった。治まることを知らずに更に音が増す自分の心臓。
動悸の原因が狗神だと知り、白蛇は決心した。

狗神には、あまり近づかないでおこう。

顔が熱くなるのを感じて、白蛇は両手で顔を覆ったのだった。



「(……白蛇さんが乙女になってしまったのです)」




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