3.笑顔をつくりました
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「結局、昨日はこひなを笑顔にさせることが出来なかったな…」
『大丈夫ですよコックリさん。こひなちゃんもいつか自然と笑顔になれる日が来ますよ』
夕刻。コックリさんは白蛇を誘い共に買い物をしていた。白蛇がこひな家に住み憑いてから外に出たところを見たことがないコックリさんの、ちょっとした良心だ。
これだけ買えば二日三日は大丈夫だな、という量をカートに入れ、少しでも節約出来るようになるべく値下げのものを手に取る。
栄養も考え、大変ながらも楽しい買い物も終わり雑談をしながら歩いていたが、コックリさんは思い出したようにそういえば、と声を出した。
「いつからこひなのことそんな風に呼ぶようになったんだ?」
『え?』
「前は市松こひな様ーって呼んでただろ?」
昨日は真人間化計画で流してしまったが、気になっていたところだ。
こひなからフルネームで呼ぶのはやめてほしいと言った事実に驚き、持っていた買い物袋を落としそうになってしまった。
あまりそういうところは気にしなさそうなのにと思っていたコックリさんだが、それでピンと来てしまった。白蛇も一緒ならば、こひなの真人間化計画がいつしか成功する日が来るのではないかと。
『こひなちゃんとお呼びすることを、こひなちゃんは構いませんと言ってくださって――』
「白蛇、これからもよろしくな」
『? はい。よろしくお願いしますね』
はじめは、白蛇が憑くのに仕方ないなと思う反面、困ったことにならないかと心配になったこともあった。
だがこの子なら大丈夫だろう。コックリさんは僅かながら、そんな考えも持った昔の自分を殴りたくなった。
何気、白蛇を初めてこひながつけてくれた名で呼んだコックリさん。
それに気付いたのは、白蛇が物欲しそうに眺めていたため特別に買ってあげた人数分のたい焼きを、おじいさんからもらった後のこと…。
―――
『あ、コックリさんコックリさん!』
「ん?」
『こひなちゃんですよっ』
尻尾があったら振っていたであろう、白蛇はそれはそれは嬉しそうに遠くに見えるこひなへ近づいていった。
どこかで買ったのか、ポテトを食べながら歩いているこひな。食べ歩きはダメだぞと軽く言おうとするが、それは指を指されバカにされているとしか思えない態度を見て言う気は一気に失せた。
―――
コックリさん、こひな、白蛇の三人は近くの公園のベンチに座り、先ほど買ったたい焼きを食べることにした。
『今のはこひなちゃんなりの笑顔だったんですね』
「……仕草や態度で笑顔を示したのです」
『さすがですこひなちゃん』
『あんこがついちゃってますよ』「取るのがめんどくさいのでいいです」『ダメですよ!動かないでくださいね』「はむはむ…」『あああ口を動かされたら拭けませんよっ』「はむはむはむはむ」『こひなちゃん!?』
隣でほのぼのとした会話を繰り広げる二人を、コックリさんは内心穏やかに聞いていた。
こひなが笑顔について深く考えていたことを知り嬉しくなっていたのもある。
「しっかし笑顔のことをそんなに気にするとは意外だ。"人形はそもそも笑いませぬ"、とか言ってスルーしそうなのなー」
もしかして真人間に目覚めたのかと未だにじゃれあっているこひなの頭に手をぽんぽんっと置く。こひなは少しジッとしていたが、何を思ったのかコックリさんの頬を思いきり伸ばした。
物真似が嫌だったのだろうか。コックリさんは痛みと疑問で目尻に涙がたまる。
白蛇にも歪んだ顔が面白かったのか小さく笑われ、そろそろ帰ろうということでベンチから腰を上げたのだった。