可能性というのは無限にあるものである。
なぜ私がいきなりこんなことを言ったのかといえば、こんな可能性考えたことがなかったからである。
今までの心の準備も、決意も、桔梗先輩に教えてもらい迷った挙句買った小さなおばけカボチャも。すべてが無駄になってしまうような、可能性。



「い、犬夜叉が……熱?」



犬夜叉の方のお母さん――十六夜さんはごめんなさいねと困ったように謝る。
私は咄嗟に大丈夫ですと返してから、心の中で大きく落胆した。

正直犬夜叉は風邪や病気とは無縁だと思っていたから、熱を出すとは思わなかった。明らかに私のミスである。この可能性も頭に入れておけばよかったのに。
熱……ということは言わずもがなプチパーティーは中止だろう。

楽しみに、していたんだけど。

私が落ち込んでいるのを察したのか十六夜さんは提案を持ち掛けてきてくれた。
よかったら学校帰り家に寄ってくか、と。
二つ返事で了承すれば、十六夜さんは待ってますと微笑んだ。



―――


犬夜叉が熱だと知ったのは、朝いつもの時間に犬夜叉が家に来なかったからだ。
いつも一緒に登校しているせいか、隣に誰もいないままの登校はすごく寂しいものだった。

学校で犬夜叉が休みになったことを伝えるとかごめちゃんは目を丸くしたあとでええ!?と大声を上げた。



「ちょ、じゃあ今までの言動全てにおいて台無しになったんじゃないの!?」

「……うん、そうなっちゃう」

「まさか熱なんて……っ! 誤算だったわ……」



かごめちゃんしまったという顔をしてから元気出してねと励ましてくれた。
それだけで心は救われる。ありがとうかごめちゃん。



「でもね、十六夜さんが学校帰りに家に寄っていいって言ってくれたの」

「犬夜叉のお母さんが?」

「うつらない程度にお見舞いしてくるよ」



今日自分の思いを伝えられなくなったのは残念だけど、チャンスはまだある。
次はクリスマスだと意気込めば、かごめちゃんは瞬きを数回し「そのときはまた手伝うわ!」と笑顔で頷いた。

そうと決まれば、お見舞いの品を選ぼう。
学校を休むくらいだ。寝込んでいると見るのが妥当だろう。
動けるなら熱があろうと学校に来そうだしね……。



―――


「これでよかったかな……」



いくらお見舞い……と言っても、あくまで犬夜叉は家で休養を取っているのだ。
果物やお花より、もっと他によくなってきてからでも暇つぶしになりそうなものを持っていこうと、私は放課後一度家に戻り前々から犬夜叉が聴いてみたいと言っていたCDを手に取った。
大丈夫かな……。今の大丈夫かなは決してお見舞いの品のことではなく、犬夜叉の体調のことである。

無事家に辿り付き、インターホンを鳴らして暫くすると誰だ?とそれから声が聞こえた。
先日のように後ろに殺生丸さんがいないことを確認してから、十六夜さんではない誰かになまえですと返事をすれば、少し間が空きああ……と生返事をされる。
なんだか無機質で……例えるならそう……まるで殺生丸さんのような……え、殺生丸さん?

はっとした直後目の前のドアが開き、声の主が姿を見せた。



「ああ、やはり。十六夜の息子の友達か」

「あ……」

「昔殺生丸ともよく遊んでくれていたな……すっかり大きくなった……。ほら、入れ。どうせ十六夜の息子の見舞いだろう?」



初めて見るその顔は、やはり殺生丸さんにそっくりだった。否、殺生丸さんがこの人にそっくりなのだろう。
この人……殺生丸さんのお母様だ!!



「えっと、は、初めましてっ!」

「? そういえば会話は初めてか。うっかりしていた」



いいから入れと腕を引っ張られて犬夜叉の家へ足を踏み入れることになった。いきなりで躓きそうになったのはお母様に言わないでおこう。
殺生丸のお母様は名を告げず「十六夜の息子なら部屋だ。また顔を見せに来い」と去っていってしまった。様付けをしたくなるような方だ。

……というか、まさか母親二人同じ家に住んでるの?普通嫌がるものではないのか……。だって……こういうこと言うのは躊躇われるけど、浮気しているわけじゃないか。犬夜叉と殺生丸さんのお父さんって……。
ま、まあ!家庭の事情だし!私が口を挿むことではないよね!

私は頭を空っぽにすべく息を大きく吐き、犬夜叉の部屋へ向かうことにした。
犬夜叉のお母さんにも挨拶したかったが、私は早めに犬夜叉に会いたいのだ。察してほしい……。もちろん、帰る前はきちんと顔を出すつもりでいる。何が言いたいか、私が最低だということだ。



「犬夜叉、なまえだけど……入ってもいい?」



犬夜叉の部屋の前へ立ちノックをしながら声を出すも、返事が返ってくることはなかった。
正確には返事ではなく、唸り声がした……というのが正しいのか。

私は少し心配になり、この部屋に鍵はなかったことを思い出しほぼ強引に部屋へ入った。



「犬夜叉ー?」



CD片手に犬夜叉の部屋を見ると、カーテンが閉まっていなくて夕日が差し込んでいた。放課後だから当たり前なのだが。
犬夜叉はん……と苦しそうに声を上げて目を擦っていた。しまった。来るタイミングが悪かったか。
寝ていたのなら邪魔をしてしまったんじゃないかと焦る気持ちの中、ここまで体調が優れていないとはとびっくりしてしまった。
これは目標が叶えられなくて残念なんて言ってる場合ではない。



「……っ、なまえ?」

「い、犬夜叉、大丈夫……なわけないよね。あ、十六夜さんからお水もらってきてあげようか?」

「何で、なまえが……」



やはり寝ていたのだろう――ぼーっとしている犬夜叉へ話しかければ、少しずつ意識がはっきりし始めたのか数秒私を見つめてから大きく目を見開いた。



「悪ぃ!」

「わっ……え、何で謝るの?」

「き、今日登校のとき何も言わなかっただろ……!一人で大丈夫だったか……!あ、あとハロウィンのパーティーも……っ」



犬夜叉はそこまで言うと大きく咳き込んだ。熱は風邪のせいに違いない。声を出す際勢いよく体を起こした犬夜叉の背中を優しくさすった。
いつもは自分一番!に見える犬夜叉も、本当は相手のことも考えてくれている人だと分かっているからこうした気遣いは嬉しいけれど、今は少し複雑な気もした。



「登校なら大丈夫だったよ。少し寂しかったくらいだもん。あ……こういうこと言っちゃダメか。それに犬夜叉、パーティーくらいハロウィンじゃなくても出来るでしょ?いつかまたやろうよ」



病人なんだから余計な気遣いしなくていいの、と窘めたかったけれど、もしかしたら心が弱っているかもしれない相手に病人なんだからとあまり言いたくない。
更に気持ちが沈んでしまうという事態は避けたいのだ。



「……そう、だな……」

「うん」

「……さんきゅ……」

「どういたしまして」



呼吸すら苦しそうで汗もたくさんかいている。せめて汗だけでもとハンカチを取り出して拭く。
きたねえぞと言われたから、犬夜叉のだから平気だよと返しておいた。



「はい、これお見舞い。暇つぶしに聴いてね。返すのいつでもいいから」

「おお……覚えててくれてたのか。俺が聴きたいって言ったの」

「もちろんだよ」



お見舞いとして持ってきたCDも渡せたし、これ以上犬夜叉の睡眠の妨害をしてはいけないだろうなと思いそろそろ帰るねと口にした。

お大事にと去ろうと背中を向ければ、パシッと腕を掴まれる音と感触がして後ろを振り向く。
そんなことをするのは犬夜叉しかいなくて、見れば無意識だったのか掴んだ腕を目を丸くして見ていた。



「えーっと……」



瞬間、犬夜叉の手は離れて大きな声で謝られる。また咳き込まないかと思ったが大丈夫だったらしく、私は帰ろうとした足を止めてベッドの隣へ中腰で座った。
完全に座ってしまうとベッドの高さで見上げても首が痛くなるだけだと判断した結果だ。
丁度いい高さになると犬夜叉の熱で赤く染まった顔と不思議そうな視線がよく分かるようになった。



「もうちょっとここにいるね」



犬夜叉は、ああと消え入りそうな声で……だけど、どこか嬉しそうな声で、これも無意識の内なのか私の手をぎゅっと握った。



―――


風邪には寝るのが一番だというのに、まだ起きていようとした犬夜叉にもう一回寝た方がいいよと促して渋々寝させたのは数十分前。
うつらない程度にいる予定だったが、……犬夜叉と長くいられるんだから、いいよね。
すやすや……とまではいかないが、未だ苦しそうに息をしながら眠っている。

よしよし、と頭を撫でると少しうなされてから寝返りを打たれた。それでも顔は此方へ向いているため、起きていないことを確認してふうっと安堵のため息をつく。せっかく眠れたのに起きたらもったいないもんね……。



「………」



犬夜叉を見て思うことは、やはり好きということだ。
恋人同士になりたいという私の思いを、犬夜叉は理解してくれるだろうか?
かごめちゃんに言われているためあまりネガティブなことは考えないけれど、少しでもいいから犬夜叉も私が好きでいてほしい。

だから――。



「……き……っ、す、き……」



好きだよ……犬夜叉。
呟いた言葉は静寂に包まれて消えていく。起きてるときに、言えばよかった。なんだかむなしい。
私は手を繋いだまま、犬夜叉の枕のそばに頭を乗せた。



「……大好き……」



ゆっくりと目を閉じて、犬夜叉が早く治りますようにと祈る。
どうやらそのあと寝てしまったらしいのだが、意識がなくなる瞬間頬に感じた温かい感触は、何だったのだろうか。

ハロウィンより、貴方が元気なのがいいの。だから、早く元気になってね。


だいすき。
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