移動教室。詳しくいうと理科の時間になるわけだが、私は大失敗をおかした。
どうやら忘れ物をしてしまったらしい。しかも教科書。
ノートならまだ策はあっただろう。他のノートを使ったり、無地の紙を友達からもらうなどして失敗を補えばいいからだ。
だが、忘れたのは理科の教科書。もちろん一つしかない教科書ではどうにも出来ない。



「嘘でしょ……」



理科の先生はお世辞にも優しいとは言えず、忘れ物をしたら課題プリント三枚だというどちらかといえば厳しい先生だ。ちなみにその課題プリント、一枚につき問題が百問計三百問という鬼畜なプリントである。
勉強が好きな方ではない私はそれだけは避けたい。今日そのプリントをもらってしまっては明日のための心の準備が夜に出来なくなってしまうではないか。

あと五分で授業が始まってしまう。
早く理科室へ移動しなければ遅れるのは分かっているのだが、なんとかしなければという思いの方が勝っていて冷汗が垂れた。
まずい。誰かが私の教科書を持ってたりしてないだろうか。
このまま諦めて理科室へ行こうと足を踏み出した瞬間だった。



「お、丁度いいところに。なまえ、数学の教科書なんだけどよ――」

「鋼牙くん! 今日理科あった!? あったら教科書貸してほしいんだけどっ」

「あ、ああ……」



隣のクラスの天使が現れた。

鋼牙くんが忘れたらしい数学の教科書を貸す代わりに、交換条件として理科の教科書を借りることに成功した私は時間ギリギリで席に座ることが出来た。
鋼牙くん。犬夜叉とは犬猿の仲らしいのだが、かごめちゃんに片思い中の可愛い男の子だ。
不良のような身なりから、狼少年なんてあだ名がつけられているらしいけど、本人はかっこよくていいな!なんて語っているところからすると、嫌がらせでつけられたなんて微塵も思っていないだろう。まあ、本人が嬉しいようならそれでいいのだが。

確かに教科書を借りられたことはとても嬉しいことなのだ。いや、だけども、この教科書表紙は綺麗なのに中が残念だった。
見開きの右下にはいつ描いたのか分からないパラパラ漫画が全ページにわたって書かれてはいるし、暇だったのか今人気のアイドルの名前が男女問わずびっしり書かれていたりしているのだ。

感想を言おう。借りておいて申し訳ないのだが、汚い。



「なまえちゃん、なんか教科書の使い方荒くなった?」



授業中、友達に誤解されるくらい汚かった。



―――


「なまえー、教室戻りましょう」

「うん」



なんとか先生に忘れ物がばれることなく授業が終わり、私は犬夜叉とかごめちゃんと共に教室へ向かった。
しかし私はこの貸してもらった教科書を鋼牙くんに返すという仕事が残っている。
教室へ辿りついたあと、私は二人に笑顔を向けた。



「ちょっと隣のクラス行ってくるね」

「え? 何かあったの?」

「教科書返してこようと思って」

「お前忘れてたのかよ……」



そうして私が鋼牙くんの元へ向かおうと後ろを向くと、いいタイミングなのかそうじゃないのか、鋼牙くんが私の教科書を持って教室から出てきた。
本日二度目の、まずい。



「お、かごめ。久しぶりだな。元気してたか?」

「鋼牙くん久しぶり」

「気安くかごめに話しかけんなこの痩せ狼」

「なんだいたのか犬っころ。相変わらず影薄いな。全く気付かなかった」



こうして始まった喧嘩だが、言った通り二人は犬猿の仲。別に珍しくもないから焦りはしない。私がまずいと思ったのは二人の喧嘩がめんどくさいことだ。
長引きそうな二人の言い合いを止めるべく、私がはい鋼牙くんと教科書を押し付ければ、彼も私に教科書を返そうと教室を出たのを思い出したのか「さんきゅーな」と手渡してくれた。
一応中を確認してみるが、落書きはないようだ。



「なまえ、お前こいつから教科書借りてたのか!」

「そうだけど……え、ダメなの?」

「俺が誰から教科書借りようが犬っころには関係ないだろ?」



鋼牙くんははっと犬夜叉を鼻で笑い、喧嘩を売る。
見るに見かねたのか「ちょっと犬夜叉やめなさいよ」とかごめちゃんの仲裁が入ったことで二人の言い争いは止んだ。
犬夜叉は自分しか文句を言われなかったのが気に入らなかったのか不貞腐れていた。



「んじゃ、俺は用も済んだし戻るぜ。じゃあな、かごめ」



かごめちゃんの手を握り本当に教室へ戻っていった鋼牙くんを見送ると、かごめちゃんはじゃあお先にと中へ入っていってしまう。
まだ不貞腐れてるかな、と犬夜叉を見ると私を見ていたようでばっちり目が合ってしまった。
恥ずかしい、というよりなんだか気まずくて言葉を探していると、先に口を開けた犬夜叉に私は言葉探しをやめる。



「今度忘れ物したらまず俺に言えよな……」



そして私は、犬夜叉の台詞で顔に熱がたまった。



「なんなら俺が見せる」



それが嫉妬だったら嬉しいなんて、欲望を胸に秘めながら。
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