放課後、犬夜叉と下校したあと冷蔵庫に夕飯を作るための材料がないことに気付いた私は、スーパーへ買い物にいくことにした。
あまり重い荷物は嫌だったため、夕飯は簡単なものにしようと野菜や肉を適当にカートへ詰め込み購入しているときだ。会うのは久しぶりじゃないだろうか。私の前にはいつの間にか周りに花びらでも舞っていそうな雰囲気を醸し出している、桔梗先輩がいた。



「桔梗先輩っ」

「――久しぶり。なまえ」



いつぶりだろうな、と上品に微笑む桔梗先輩に少し見惚れたのは秘密だ。



―――


「おばけカボチャ……ですか?」

「ああ。どうせなら作ってやったらどうだ? 楽しそうじゃないか」

「なるほど……」



ふむふむとメモを片手に桔梗先輩の話を熱心に聞く私に、先輩は面白かったのか小さく笑った。
桔梗先輩。優しくて、綺麗で、頼れるお姉さんで、私の先輩。
学校も違うし家も近くないどちらかといえば赤の他人の桔梗先輩と私がどうして仲良く話しているかと言えば、どうやって知り合ったのか未だに不明だが犬夜叉のおかげである。
いきなり目の前に女の人を連れてこられたものだから、犬夜叉の彼女かと疑ってしまったがそういうのではないらしく、犬夜叉にもその気は全く見られなかったからとりあえずは安心している。

それに、桔梗先輩は言った通り優しいし頼れるお姉さんだ。
私が犬夜叉を好きだと気付いてからというものの、協力をしてくれている。
なんて優しい人なのだ。まあ、そんな感じで私は桔梗先輩を先輩と呼んで尊敬している。

私のハロウィンまでの目標……犬夜叉との距離を縮めるということを教えたのはかごめちゃんの他にもう一人。それが桔梗先輩だ。
そうしてもらった提案が、おばけカボチャというわけである。



「……お、おばけカボチャの作り方、分かりません」

「なら店に行けばいい。たくさん売ってるんじゃないか?」

「あ、そっか。買っちゃえばいいんですよね」



ペンでメモ帳に箇条書きでおばけカボチャと付け足してからお礼を言えば、桔梗先輩は気にするなと再度笑った。綺麗だ。
しかし私はふと疑問に思ったことがある。



「あの、桔梗先輩」

「なんだ?」

「何でおばけカボチャを買ったらいいんでしょうか」



どう考えてもおばけカボチャを買ったところで、いい雰囲気になったりとは思えないのだけれど。
桔梗先輩はきょとんとしたあと考える素振りを見せる。
え、待って。どうしてそこで考えるんですか、桔梗先輩。私ははてなを浮かべて桔梗先輩を見つめるが、桔梗先輩はそうだな……と呟いていた。
まさか適当なんてことはありませんよね。いや、そんなことはない。桔梗先輩はきっと何か考えがあっておばけカボチャと言ったのだ。そうに違いない。



「しいて言うなら、面白そうじゃないか。なまえと犬夜叉でおばけカボチャを見ている光景」



理由が最低です。桔梗先輩。



「怒るななまえ。私とて何も考えずにいるわけではないぞ」

「と、いうと……?」

「お前はやらなければならないことを忘れているということだ」

「やらなければならないこと?」



―――


桔梗先輩に指摘されたことを頭で繰り返しながら犬夜叉の家へと足を運ぶ。
私はどうしてこんな大事なことを忘れていたのだろうか。自分が情けない。

既に心が躍っているが、あまり浮足立つのはよくないことだ。
犬夜叉に私が好きだとばれるのは出来れば31日がいい。それまではなんとか誤魔化したいのだ。
買い物袋は家にきちんと置いてきた。桔梗先輩に言われたことを実行すればとりあえず今日は大丈夫だろう。

と、まあずっとそんなことばかり考えながら歩いていれば近い家にはすぐつくもので。
私は犬夜叉の家の敷地内へ入り、玄関前に立つとインターホンに指を――。



「何をしている」

「わっ!!」



突然後ろから声をかけられ勢いよく振り向いた。
銀色の長髪がさらさらとなびき、桔梗先輩に負けず劣らずの容姿端麗ぶりを目の当たりにされた私だったが、驚いたのはさっきだけだ。
眉間にしわを寄せていかにも不機嫌オーラを放っているこの方は、犬夜叉のお兄さんなのだから。

犬夜叉と仲良くしていると自然にこの方ともお話をする機会があった。小さい頃は何度か話した記憶があるが、小学校中学年あたりからだろうか。会うことも少なくなり今ではただのご近所さんという位置にある。
それが幼馴染みのお兄さんというのが少し変な感じだが。しかも驚くことに異母兄弟だと聞かされたのは高学年あたりになる。

だけど私は名前を忘れるほど最低な人間ではない。もちろんこの方の名前は忘れるはずがなかった。



「せ、殺生丸さん」



未だに不機嫌な殺生丸さんに、もしかして彼は私のことを忘れてしまったんじゃないかと思う。
しばらく会ってなかったのだからあり得ないことはない。咄嗟になまえですと名乗れば知っていると一蹴されてしまった。解せぬ。



「……犬夜叉に用があるのか」

「あ、はいっ」

「………。待っていろ」



名前は覚えてもらえていたことに安堵した直後、流れからして犬夜叉を呼んできてくれるらしい。殺生丸さんは自分の家へと入っていった。
……う、うーん……。よく分からないけど、優しいお兄さんなのには変わりないのだろうか。
これでも小さい頃、結構殺生丸さんにはよくしてもらっていた。昔はあんな無表情ではなかったのだが、犬夜叉が「親父も滅多に笑わないからなー。似ちまったんじゃねえか?」と言っていたのを思い出してこれ以上考えるのはやめにした。
生きていればそれなりに人は変わるのだろう。

途端どたどたどたと階段を一気に下りる音がしたと思ったら殺生丸さんが閉めたはずのドアがばんっと開いた。
遅れて風が届き、大声で私は我に返ることとなる。



「なまえ! 殺生丸に失礼なこと言われてねえか!」



それは殺生丸さんに失礼だと思うよ、犬夜叉。



―――


当たり前だが特に失礼なことも言われていない私は、犬夜叉を落ち着かせたあとに本題を持ち掛けようと改めて犬夜叉に向き合った。
殺生丸さんに会って忘れていたが私はこのために犬夜叉の家へと足を運んだのだ。



「えっと、犬夜叉さ、三十一日って放課後予定あるかな?」

「三十一日か?」

「うん」



頷けば犬夜叉は少しも記憶を辿る素振りを見せず今週はずっと暇だと豪快に答えてくれた。

「何をするにもまずは犬夜叉をハロウィンの日に誘わねば何もできまい」

それが桔梗先輩に言われてはっとした忘れていたことであった。



「じゃあ、その日の放課後一緒にプチハロウィンパーティーやろっ」

「おーいいな! 誰誘うんだ?」

「よ、よかったら二人でやりたいな……なんて」



少し欲を出しすぎただろうか。心配してドギマギするも犬夜叉は数回ほど瞬きをしたあと「そうだな。二人でやるか」と賛成してくれた。

桔梗先輩に提案されたおばけカボチャだが、候補として入れるとだけ言っておこう……。
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