あれから、飯を持ってきたあの男が来るまでに大した時間はかからなかったと思う。
絶対に何かある男をひと睨みし、飯に手を付ける。村人も運んできたのだし、匂いにも異常はない。毒は入っていないだろう。



「お口にあいますでしょうか?」

「はい!すごく美味しいです」

「それはよかったです」


男はふふっとにこやかに笑うと、その視線を一度俺の隣に座っていることはにやる。

――まただ。また、あの胡散臭い笑み。

ことはも男の視線に気づいたのか一瞬目を合わせるも、すぐに逸らしていた。
あの男が嫌。ことはは確かに先ほどそう言っていた。本当ならこんな村とっとと離れたいはずだ。それでもそんなこと言わないのは、俺たちのため。
ここを離れたとして、近くに宿が見つからなかった場合のことを考えたらこの宿にいたほうがいい。こいつはいつもそうだ。自分よりもまず俺たちのことを考えて行動する。
バカらしくて、だからこそ……守りたいという気持ちが芽生えてしまう。



「大丈夫だ」

「え?」

「……俺がいる」



ぽろり、と口から飛び出た自分でも驚くくらい小さな声で告げた俺の言葉に、ことはは目を見開きうんとはにかんだ。
こんな宿、言われなくともすぐに出て行ってやる。また一口、ひとくちと飯を口にかきこんでいった。

何事もなく時間が過ぎていき、あとは寝るだけになっても何があるか分からない。俺は戸に近い場所へと腰かけ、すっかり暗くなった辺りを軽く見渡してからゆっくりと目を閉じる。
守ると決めたんだ。守らないわけにはいかない。こいつらのためにも、ことはのためにも。

浅い眠りになるがなんとか寝られそうだというとき、突如かごめがばっと布団から飛び起きた。何事だと俺らがかごめを見つめるなか、かごめは眉をひそめ言う。



「――四魂の欠片の気配よ」



どうやら、暫く安眠はできなさそうだ。



―――


「その気配がするほうってのは……」

「うん。間違いないわ。あの村のほうよ」



全員でいつでも戦える準備を整えてから来たのは、四魂の欠片の気配がするという例の妖怪が襲う村。
いきなりの気配にかごめも驚いていたようだが、これで奈落が関係していようがしていまいが関係はなくなった。
――四魂の欠片は俺たちが奪いとる。



「かごめ! どのあたりだ!」

「えっと……あ!あそこよ!!」



かごめが指差した先には、なぜか地面に落ちていた四魂の欠片。



「なんで四魂の欠片が落ちてるの……?」

「もう……明らかに罠だって言ってるようなものだね」

「まあ大丈夫でしょう。この中に罠だと分かっていて取りにいくような輩は」

「とりあえず俺が取ってくるぜ!」

「いましたな」



珊瑚と弥勒の罠だという言葉は聞こえてはいたが、だからと言ってこんなところで立ち止まっているわけにはいかない。
さっさとこんな村から出ていくんだ。悠長にはしていられないだろう。さっさと四魂の欠片を持って宿に帰り、眠りにつき、朝を迎えて出ていく。
今優先させるとしたらことはだ。俺は欠片を手に取ると弥勒たちの元に戻ろう――としたときだった。



「ごきげんよう」



あのむかつく声と共に姿を現したのは、頭からばかでかい角をはやした"男"であった。
外見が人間ではなくなったことに全員が驚愕の表情を浮かべ、戦闘態勢に入る。
男は笑顔を崩さず一歩、また一歩と俺へと近づく。……ちっ、やっぱ俺は……



「てめえの笑顔は気に食わねえ!!」

「なっ……っ!」



とりあえずこいつはいい奴ではないのだ。四魂の欠片を握りしめ、反対の手で男を思いきり殴ってやった。
むかむかしていた心が少しだけ晴れたように感じて息を吐く。かごめの犬夜叉……という呆れた声がふってきたが、今は無視だ。
男は殴られた頬をさすりながら、倒れてしまった体を起こす。



「いたた……乱暴ですね……奈落の言った通りです」



男は奈落、と言った。



「てめえ……奈落を知ってるのか」

「ええ。四魂の欠片を使えば鬼の半妖を連れた連中が現れると聞いたものですから、ずっと待っていたのです」

「……鬼の、半妖だと……」

「わざわざ数日前から雑魚妖怪どもに村を襲わせたのです。これで食いついてくれなかったらどうしようかと思いましたよ」



いつの間にか男の顔からは表情が消えていた。
無表情で俺の後ろにいる鬼の半妖、ことはを見つめる。



「私の目的はお前です、ことは」



男叫んだ途端辺りに白い煙が巻き上がる。男を見ると筒のようなものを此方に向けているのが見えた。
その中から出ている煙に、ただの煙ではないことは分かる。

先ほどの発言と煙に眉をひそめて男を睨んだ瞬間、突如襲ってきたのは睡魔だった。



「目的って……、どういう、意味で……!」

「私の正体には薄々気づいていたでしょう、貴方も」



目の前がぐるぐると回り始め、ことはも辛いのかどこか無理しているのが伝わる。
後ろをちらりと窺えばかごめや弥勒、珊瑚がすでに倒れているのが目に入った。雲母や七宝は大丈夫なのかそれぞれ心配そうに慌てて駆け寄っている。
思わず目を見開き再度男を思いきり睨み付けるが、男は殴った頬はすでに気にしていない様子だ。すました顔で筒から煙を出し続けている。



「ああ、大丈夫です。少し睡眠の作用があるだけですから」



人間にしか効果がないのが難点なのですがね。それでも多少は妖怪にも効くはずなので、半妖も辛いでしょう。

そこまで聞いてやってぐっと拳を握る。もちろん殴る準備だ。
こいつは本当に気に食わない。一発殴っても罰なんか当たらないはずである。

だが俺の意思とは逆に思い通りに動いてくれない体。
舌打ちをしたところでどうにもならないことくらい分かっているが、してしまうのが俺なのだから仕方ない。



「気を失う前に一つだけ教えて差し上げます」

「っああ?」

「私はことはと同じ種族――鬼ですよ」

「――っ」



だが限界が来たのかそこで途切れた俺の意識。
せめて守ろうと抱きしめたことはの体が、俺の腕の中で温もりとして残った。



―――


目が覚めると、そこは室内のようだった。頭が痛く視界がぼやけていてよく見えない。
寝てしまったが明らかに安眠ではなかった。やはり安眠は暫く無理そうである。

やっと視界が安定したところで俺が一番に見たものは心配そうに俺を上から覗き込んでくる、ことはだった。



「うわ!」

「え、わっ」



驚いて声を上げた俺に驚いたことはの肩がはねる。横になっていた体を起こし、とりあえず辺りを見渡す。
少しずつあの男についての記憶を思い出していき舌打ちをした。推測するに、俺たちはあいつに閉じ込められたらしい。

見る限りではここはただの部屋だ。出られるかと思って襖を見つめるがそれに気付いたことはが小さく首をふる。



「犬夜叉が目が覚める前に試したけど、多分出られないようにお札がついてるよ」

「札……?」

「出ようとしたら一瞬消されかけた……」



は!?という大声をあげたあと、なぜあの男が札を使えるのかという疑問が浮かび上がったが、あいつはそもそも四魂の欠片を持っていたのだ。色々と利用したのだろう。四魂の欠片を体に埋め込めば妖力を限界まで消すのは造作もないことだ。
あいつはきっと、元から妖力が薄い。それなら俺が正体に今まで気付かなかったのに頷ける。妖怪に村を襲わせて雑魚どもの匂いをつけておけば、それに混じってあいつの匂いに気付かなくなる。つまりはそういうことだ。弱い中でも弱い奴ということか。



「? ていうか、ことは……お前」



暗さで気が付かなかったが、襖から差し込む月の光でことはの髪の色がいつもと違う。半妖の印でもある鬼の角も消えている。人間になっている……のか?
ことはは苦笑して口を開く。



「消されかけたって言ったでしょ? 妖力がって意味。それで一時的に人間になっちゃっただけだと思うから、少しすれば元に戻るはずだよ」



半妖でよかったよ、とことはは俺に無理したような笑顔を向けたあと、小さくため息をついた。



「ごめんね、犬夜叉……私のせいでこんなところに閉じ込められちゃって……」

「……何言ってやがる。お前のせいじゃないだろ。どう考えてもあの変態野郎のせいだ」



あいつの狙いはことはだと宣言していた。多分俺も一緒に閉じ込められたのは、気を失う前にことはを抱き寄せていたのが原因だろう。きっと離れなかったんだな、俺……。うわ、なんか今になって羞恥がこみ上げて――



「犬夜叉ー、おーい」

「っお、おう!」

「平気……?」

「み、見ての通りピンピンだ!」



やめだやめ。今はそんなことを考えている場合じゃないんだ。
「とにかくお前のせいじゃないんだよ」と人間になり角のなくなった頭を不器用ながらなるべく優しく撫でてやった。多分ここは、乱暴に撫でてはいけない気がしたから。
全部自分のせいだと責任を感じているのだと思う。何か言ってやれればいいのだろうが、今の俺ではことはを慰めることはもちろん、多分心から笑わせてやることは出来ないのだろう。
力不足の申し訳なさと、お前には笑っていてほしいという思いをこめて、ひとまず今はこの小さい体を抱きしめた。さっきのように。

にしても、同族か……。俺は"鬼"の男――妖怪を思い浮かべて、決意をした。



「あの鬼……ぶっ倒す」

「え」



守ると誓ったくせにこんなザマだが、傷つけさせはしない。
あいつが何かしようとしてくるなら阻止するだけだ。ついでにぶっ倒して四魂の欠片を手に入れる。
いつしかかごめが言っていたいっせきにちょうだと俺は心の中でほくそ笑んだ。



どうしてそうも優しいんだ

 


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