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就寝時刻、部屋の前から小さく名前を呼ぶ声が聞こえ返事をすれば、自分の名前を呼んだ人物……こひなちゃんが顔を出した。しかも自分のマイ枕を持って、である。
小声でどうかしたのと問うと数秒間を置いた後、なぜか高らかに宣言した。
「一緒に寝てあげませう」
「……ありがとうございます?」
なぜ上からなのか理解に苦しんだが、どうやらこひなちゃんは私と一緒に寝に来たらしい。なるほど、だから枕……。
別に寝ること自体は構わない。むしろ子ども体温のこひなちゃんなら此方からお願いしたいくらいである。
しかしこうも突拍子もなく来られるとやはり気になるのは理由だった。
「怖いDVDでも見た?」
「なまえさんはコックリさん達を毎日見ている中で怖いDVDを見たとして、市松が怯えると思いますか?」
「慣れてるよねー」
家に物の怪が住み憑いている時点でホラーだと言うのにDVDで怖がる理由がない。
一時期妖が見えてしまっていたときも一切動じなかったこひなちゃんが今更つくられたもので怯えることもないだろう。
詳しく聞こうとするがスタスタと歩いてきたこひなちゃんが私の布団へ入ってきたことによって遮られた。
丁寧に私の枕をずらし自分の枕を置き横になる。無駄のない動作にもはや感動さえ覚えた。
「さあ寝ましょうなまえさん」
「は、はーい」
電気を消し半ば無理矢理ぼーっと天井を見つめるこひなちゃんの隣へ横になった。
「あー、やっぱりこひなちゃんあったかい……」
「人形に体温など必要ありません」
「怖いよ」
布団の上からお腹を何度か優しく叩いているとこひなちゃんがうつらうつらし始めた。
眠くなってきたのだろうと私も首元までしっかり布団をかけて目を瞑る。
意識が飛びかけたそのとき、「少しだけ……」と囁くような声が聞こえて耳をすませた。
「隣に人がほしい気分だったのです」
「……そう」
いくら怖いものが大丈夫だからとはいえ、こひなちゃんはまだ小学生。
そりゃあ人肌が恋しくなることだってあるし、温もりを求めることだってある。
自分は人形だから、という理由で認めたくないのだろう。だからおそらく素直に「寂しい」と言えないのだ。
これはあくまで私の憶測で、こひなちゃんからしたら余計なお世話になるのかもしれない。
でも憶測をするくらいなら許してくれるはずだ。それに口に出さなければ気付かれまい。
「明日は早く起きて、カップ麺を食すのです」
「朝からラーメンか……胃もたれしそうだね」
「結構しないものですよ」
「そうなの?」
私は返事を返して寝返りを打ち、こひなちゃんが苦しくない程度にぎゅっと抱きしめた。
明日はコックリさんにばれないように一個だけこひなちゃんのために隠しておいたカップ麺をあげようと思う。
おやすみ、と声をかける前に規則正しい寝息が聞こえてきて、私は今度こそ眠りについた。
(20160301)
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