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「なまえ殿に壁どーん、でございます」
「いやごめん意味が分からない」
ドン、と狗神の手が私の背にある壁につき、距離が縮まった。
前々から頭おかしい奴だとは思ってたけどまさかここまでとは。
動物病院の紹介を考えたのはこれで何回目となろうか。注射打つぞ。
「おや、ドキドキしませんでしたか?」
「別の意味でドキドキしたよ。真面目に悪寒が走ったんだけど」
「まあまあそう怒らずに」
「誰が怒ってると言ったそんなのとっくに通り越して呆れてるんだよ」
じとっと睨みあげてもさすが変態、全く動じなかった。
何がしたいのかと聞いてみてもニコニコと笑顔を振りまくだけで答えてはくれない。
とりあえず俗に言う壁ドンをやめてほしくて腕を掴むと案外あっさりと手を退けてくれた。
マジで何がしたかったんだお前は。
「壁ドンは女性のハートをキャッチしちゃうのではないのですか?」
「実際に壁ドンされたのは狗神が初めてだから分かるわけがないよ」
「それとも物理的にハートをキャッチした方がインパクトがあってドキっときたりします?」
「何で殺しにかかってきてるの」
インパクト以前に天に召されてるんだけど。
そこで私は今更ながら突然のこの行動の意味を理解した。
狗神は大のこひな好きだ。ストーカーなんて日常生活の一部であり、こひなを愛してやまない狗神なら納得出来る理由である。
「……もしかして、壁ドンこひなに試そうとしてる? ならやめた方がいいよ。ドキドキさせる前にコックリさんが代わりに狗神を返り討ちにしそうだし」
何かやらかす前に助言してあげようと口を開くと、なぜかきょとんとされてしまい私は数回瞬きした。
絶対これが理由だと思っていたのに、どうやら違っていたらしい。まあ、どんな理由であってもあまり興味はないのだが。
「我が君にはもっとダイレクトに愛を伝えますので大丈夫です」
「こひなかわいそう」
「失敬な。愛故です」
これ以上は話をしても無駄であろう。ため息を小さくついて居間へ行こうと狗神の横を通り過ぎる。
こひなはいるだろうか。いたら駄犬の愚痴でも聞いてもらおう。
足を進め、少しずつ狗神との距離を空けていく。廊下を曲がる直前聞いた言葉に思わず足を止めた。
じわじわと赤くなっているであろう頬を冷ますべく冷たい手を顔にやる。ほ、本当に意味が分からない。
「先ほどの行為も愛故だったのですが」、……とか。浮気か。それも私に?
いや落ち着け。こひなは狗神のことなんてどうとも思ってないじゃないか。浮気にはならない。浮気を前提に話を進めるのもおかしいだろうけれど。
「……バカじゃないの」
思わせぶりにイライラしつつ、どこか嬉しがってる自分に大変呆れたのだった。
(20151205)
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