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自分の体だ。もう長くないことは分かっていた。
でも……それでもまだ一緒にいたくて、私は黙って後ろを歩いた。
阿吽の背中に乗ることの方が多かった気もするけれど、おいていかれないように私はいつもいつも、後ろを追いかけた。



「……冷えるのか」

「――いいえ。大丈夫ですよ、殺生丸さま」



奈落との戦いから五年。
恐れ多くも殺生丸さまの膝の上に乗り体を支えてもらっていた。こうでもしなければもう座っていることさえ出来ない。
こうして支えられていると夜空がすごく綺麗に見えて、私は思わずわあ……と感嘆の声を上げた。
殺生丸さまもそっと首を上に動かす。そんな些細なことさえ嬉しくなって気分はすぐに舞い上がってしまうのだから不思議だ。



「殺生丸さま……私、今度りんちゃんとまたお花畑に行きたいです……」

「……そうか」

「そしたら連れて行ってくれますか?」

「………」

「ありがとうございます、殺生丸さま」



殺生丸さまの無言はほぼ肯定と決まっている。
殺生丸さまに笑いかけてみると目が合った。……夜空も綺麗だけど、殺生丸さまもすごく綺麗だ。
もう一度笑いかけてちらりと空を見る。



「なんか……夜空ってずっと見ているとまるで空に自分が消えちゃうような気分になりますね……」

「消える?」

「はい……溶け込んでしまいそうな、そんな気に」



なんて、と苦笑すると殺生丸さまは口を閉ざした。
多分怒っているのだろう。殺生丸さまは私が弱気になるのを極端に嫌う。
病は気から、とかごめさまにも言われている。確かに後ろを向いたままではいけないと思うが、正直私がよくなることはもうないと思う。自分の体だから分かるのだ。



「まだ、死なせはしない」

「――え?」

「お前が死ぬのは、私の隣に相応しくなくなったときだ」



殺生丸さまの私を支える手に力が入るのが伝わってくる。
相応しくなくなったとき……。それがもう少し先になることを望み、私ははいと返した。



―――


「なまえちゃん……お花畑に行く約束、破ったらダメだからね……?」

「うん……。今度一緒に行こう。約束だよ」

「……お大事に、ね……?」



もうしばらく熱が下がらない日々が続いている。
りんちゃんが時間を見つけては看病しにきてくれるけれど、迷惑をかけてばかりでとても申し訳ない。
早く治そうと苦い薬草だって毎日飲んでいるのに、やはり一向によくなる兆しなんて見られない。
小さくため息をついて寝返りを打ったとき、後ろから足音が聞こえてきた。また誰か来てくれたのかと気になり重たい体を起こすと、私の元へと足を運んでくれたのは――



「せ、殺生丸さま!」



いつも私が飲んでいる薬草を煎じたものを片手に、殺生丸さまは静かに私の隣へと来ると片膝を床につけた。
持っているものを床に置き、手で体を支え上半身を起こしたままの私の頬へ大きな手を当てる。
殺生丸さまは村を好まない。それはもちろん人間がたくさんいるからだ。困惑しつつもどうして、と声を出すと殺生丸さまは口を開いた。



「少し前からお前の匂いが変わっていた」



つまり私のために来てくれた、ということだろうか。
殺生丸さまは全てを言葉にしない。だからいつも何を言いたいのか予想や推測をして殺生丸さまと会話をしてきた。
なんとなくだが、私を心配して来てくれた……そんな気がするのだ。



「りんが、これを飲めと言っていた」

「ありがとうございます」



先ほどりんちゃんと会ったらしく薬に目線をやりながら殺生丸さまが教えてくれた。
しかしまだ飲む時間ではないことも聞いたのか、殺生丸さまが私の体を布団へ寝させてくれる。私が壊れないように優しく。
布団もきちんとかけて私は殺生丸さまに笑いかけた。多分、しばらくは起き上がれない。一度起き上がっただけで既に疲労感があるのだ。
それを悟られないように私はただただ笑いかける。殺生丸さまのお傍に、少しでもいられるように。



「なまえ」

「? はい」

「今日はお前に言いたいことがあってここに来た」



私は笑うのをやめて、目を瞬かせた。殺生丸さまがいつも以上に真剣だったからである。
言いたいこととはどんなことであろう。私は耳をすませ、殺生丸さまの言葉を待った。



「祝言をあげぬか」



時が、止まったように思えた。
私が間抜けな声を発しても尚、殺生丸さまは続ける。



「……私と、命尽きるまで共にいろ」



二度も言わぬ、と殺生丸さまは私を見つめ答えを待つ。
私が何と言うかなんて分かっているはずなのに殺生丸さまはいつも私の答えを待ってくれていた。
殺生丸さま……殺生丸さま……。心の中で何度も名前を呼んでみる。幸せで胸がいっぱいになって、熱のせいで熱かった体が更に熱くなるのを感じた。
流す予定のなかった涙さえ目尻に溜まって、私は震える声でなんとか殺生丸さまの名前を口にした。



「――なまえ」

「……もちろん、です。殺生丸さま」



私は、自分が長くないと分かってから初めて生きたいと心から思えた。
殺生丸さまと、まだまだ生きていきたいと。


(20150426)



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