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鼻歌を歌いながら花に水をやる彼女を見つけ、狗神は足音をしのばせて近づいた。呑気に水やりを続ける彼女の目を後ろから自分の手で覆う。
突然のことに驚き小さな悲鳴をあげる姿さえ愛しいと思ってしまう自分はもう末期なのだろうか。
とにかく、それほど狗神はなまえを愛しているのだった。
「え、あ……い、狗神……?」
「はい。よく分かりましたね」
貴女にしては上出来です、とわざとらしく上から目線でものを言うとなまえが可愛らしくクスクスと笑う声が耳に入った。
いつ聞いても心地よい声である。
「なぜ水やりなどを? なまえ殿、ガーデンニングに興味があったので?」
「ううん。そうじゃなくてね、コックリさんが今手が離せないから代わりに水やりお願いしたいって言うから」
「ああ、なるほど」
だけど狗神はこの思いをあえて伝えない。
なまえが自分のことを意識するまでは悟られないようにしようとしているのだ。
好きになったらとことんついていく自分には考えられない行動だと自覚しているが、それほどまでに彼女を愛しているのだから仕方がない。
愛の表現の仕方なんて、人それぞれだ。
「なまえ殿。この寒いなかそんな薄着で外に出て大丈夫なのですか?」
「すぐ戻るつもりだったし、家の中にはこたつもあるからすぐ温まれるよ」
この寒さでなまえの耳が赤くなっていることに気付く。
狗神はなまえの終わったという声を確認してからすっかり冷たくなっている手を自分の手で包み込んだ。
「いぬが…っ!?」
「中へ入りますよ。さすがに私も寒いです」
「っ……う、ん……」
狗神は満足気に笑みを浮かべて室内へと足を進め、ようとした。
「なまえ殿」
「?」
「こたつに入る前に、一度温めてさしあげましょうか?」
何度か視線を彷徨わせてからこくんと小さく頷かれる。
ならば目指すは室内ではなく、自分の小屋だ。
なまえはこんなつもりじゃなかったのだろうがもう遅い。
――もしかしたら既に彼女は自分と同じ気持ちなのかもしれない。
そんな淡い期待を胸に狗神はなまえの手を引いた。
(20141221)
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