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「はあ…気分が憂鬱でございます。実に憂鬱です」

「ちょっとため息つかないでよ。こっちまで気分が下がるから」

「わざとでございます」



はっと鼻で笑われた瞬間一発殴ろうかと上げた右手をなんとか下げた。
なまえは今狗神と散歩の真っ最中である。本来今日はこひなの当番であったが、コックリさんに成績のことで叱られていては散歩など出来ない。仕方なくなまえが狗神の散歩を担当しているわけだ。

狗神はこひなではなかった腹いせかなまえへの文句や嫌味の数が多くなっている。慣れているから別にいいのだが、むかつくものはむかつくのだから仕方ない。




「というか、何でリード自分で持ってるの?」

「貴女に持たせて歩けと? お断りですね」

「狗神が持ってたら犬の散歩じゃないじゃん。これただの散歩だよ。むしろはたから見たら異様なカップルのデートだよ」

「貴女とカップルなんておぞましい。私は我が君だけで十分でございます」



此方もお断りだ。
なまえは狗神が嫌いだった。口を開けば悪口ばかりで、見た限りいいところが一つもない。
百歩譲ってあるとすれば美形なことくらいだ。残念なイケメンである。非常に残念。
性格がひん曲がっている、とはこの男のためにある言葉ではないのか、となまえは常にイライラしていた。
別に悪口を言われるのは先ほども言った通り慣れている。だが慣れているからと言ってどうも思っていないわけではないのだ。

なまえはもう帰ってしまおうかと一旦足を止める。自分がいなくても一人で家に帰ってくるだろう。
そのまま来た道を戻ろうとすると、自分の前を歩いていた狗神は眉をひそめながら顔だけ向けた。



「何をしているのですか。おいていきますよ」



散歩嫌なんじゃなかったのと心で愚痴をこぼしながら、踵を返そうとしたのをやめて狗神の後ろをまた歩き始める。



「もちろん帰るつもりであったならどうぞご自由に」

「今ここでそれを言う?」



やはり帰ればよかった、となまえは一度小さくため息をついた。



―――


「ねえなんかいつもと散歩のコース違くない?」

「いつもの道は昨日から工事がされてますから」

「あ、なるほどね」

「別に貴女との散歩が嫌だからといって近道などしていません」

「私ちょっと本当に工事かどうか確かめてくるわ」



もう少し歩けば家に戻れる。それを心で唱え狗神との散歩を乗り切ろうとしていた。
いつの間にか未だに愚痴を言い続けている狗神の隣へと場所が移動している。
歩幅を合わせなければ隣を歩けるだなんてあり得ないのだが、きっと自分が早く帰りたいがためについ早歩きになってしまったのだろうという結論に至った。
この狗神が自分に歩幅を合わせるだなんて天地がひっくり返ってもそれこそあり得ないことである。



「……こひな、コックリさんに怒られて不貞腐れてないといいけど」

「我が君は不貞腐れていても可愛らしゅうございます故、ご安心を」

「知ってる」

「おや、貴女にも心があったので――!」

「――え」



会話が中断されたと思えば突如ぐいっと引っ張られた体に声をもらす。ぽふんと狗神の胸に飛び込んだのを目にして、狗神が自分の腕を引っ張ったのは理解出来た。
そして後ろから通りかかったのは自転車。あのままだったら衝突事故を起こしていただろう。
そのまま通り過ぎていく自転車に乗った男を横目になまえはそっと上を見上げる。そこには眉間にしわをよせ全く…と呟く狗神の姿があった。



「危機一髪でしたね、なまえ殿」

「………」

「きちんと周りを見て歩いてください。危なっかしい」

「………」

「……聞こえてますか?」

「っ! は、早く家に帰ろうっ!」



狗神の声にはっとしてなまえは勢いよく離れ先を歩いた。
追い付かれ再度隣を歩かれて「どうしたのですか」や「何をそんなに急いでいるので?」などと問われているが頭が上手く回らず答えを返すことが出来ない。
落ち着くために口から大きく息を吸い込み、吐いた。



「助けてあげたのにお礼の言葉もなしですか?」

「っあ……ありが、とう」

「?」



ああもうやっぱり狗神は嫌いだ。なまえは考えを振り払うようにぶんぶんと頭を振る。
顔が赤いと指摘されているのも、胸のドキドキが止まらないのも、やはり隣を歩く狗神も全て気のせいだ。
なまえは早く家につけと何度も願いながらいつもと違う散歩の道を歩いた。


(20141221)



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