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遊びにきたと家に上がり込んだなまえにお茶を差し出したコックリさんは、お構いなくと言いながらも口をつけるなまえを見て苦笑をもらした。
自分も飲もうと湯呑みにお茶を注ぐ。茶柱が立つことはなかったが、そう簡単に立つものでもないと思い少量を口の中に入れる。お茶の苦味が広がるがこれこそお茶だとコックリさんは一息ついた。
「ねえコックリさん」
それと同時になまえから声をかけられる。目を向けるとにこにこと笑顔のなまえの姿。
それだけで自分の頬が緩んでくるのだから、惚れた弱みというのは恐ろしいものだ。
「どうした?」
「……呼んでみただけだよー」
何だそれ、ともう一度お茶を口に運べば、また名前を呼ばれて、呼んでみただけだと言われる。先ほどからそれの堂々巡りだ。
五回も続けばさすがに嫌気が差し、なまえの名前を呼ぶときの声が少しだけ低くなってしまう。
それが悪かったのか、なまえは突然怒り出してしまい何でもないとふいっと顔をそらされてしまった。
コックリさんは本当に何なのだろうと首を傾げるが、なまえはお茶を飲みながら不貞腐れている。
困ってしまい頭に手を置くと同時に、なまえがチラリと自分を見たのに気付いた。
「なあなまえ。言ってくれなきゃ分からないぞ?」
「……コックリさんは全部言葉で伝えなきゃ分からないの?」
「どんな相手でも心情の全てを悟るのは難しいものなんだよ…」
なまえはしばらくむすっとした顔で自分を見つめたあと大きなため息をつく。
「いきなり大ヒントです。今日会ったのはいつぶりでしょうか」
そう言われてコックリさんはやっと気付くことが出来た。
自分も家事に追われつい忘れてしまっていたが、こうしてなまえと顔を合わせるのは何日ぶりなのだろうか。
なまえがそわそわと不安そうに見てくるのが分かり、コックリさんは嬉しくなる。
きっとここはごめんと言うべきなのだろう。
「……最後に会ったのは結構前だったな」
「う、うん」
「でも今こうして顔が見れて俺は嬉しいぞ」
「……え、それだけ!?」
ヒントの出し方が悪かったのか、と消え入りそうな声で心配の言葉を並べるなまえに意地悪をしてしまったなとコックリさんはふっと笑った。
「さみしかったんだよな」
「!」
「別に自分から甘えにきてもいいんだぞ?」
なまえは徐々に顔を赤くさせていき、口を何度も開閉させる。
自分に会えずさみしがってくれていたのは嬉しかったが、これはまた怒られるかもな…。コックリさんは覚悟を決めてなまえから放たれるであろう罵倒を待つことにした。
しかしバカなどという言葉がふってくることはなく、なまえが湯呑みを置いて立ち上がったのに目をやる。
自然と上を見上げる形になり、なまえの名前を呼んだ。
自分に近づいてくる足音と共にコックリさんは唇に柔らかい何かを感じた。
頬には手が添えられている。接近していたなまえの顔に驚きコックリさんが目を見開く。そのときコックリさんは自分がキスされていることに気付いた。
今度は自分が赤面する方だったようで、なまえに指摘されてしまう。
「コックリさん、顔真っ赤…」
「う、うるさいぞなまえ…!」
「……気付いてほしかったんだから、それくらい分かってよ…」
笑ったり、怒ったり、悲しんだり。全くよくもそんなにコロコロと表情を変えられるものだとコックリさんはなまえの腕を優しく掴みゆっくりと引き寄せた。
今度は自分から唇を重ねよう。会えなくてさみしがっていた可愛い彼女に、それ以上の幸せを。
「ごめんな」
言わなかった謝罪をしてから口づける。二度目のキスは、少しだけお茶の苦味が広がった。
(20141207)
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