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(≠こひな)


我が君、我が君となまえを慕ってくれていた狗神。
純粋に愛してくれていた日々が懐かしく感じるほど、少しずつ、着実に狗神はおかしくなっていった。



「我が君……なまえ様。これからは学校になど行かず、私の傍にいてください」

「え? ……で、でも…」

「ご安心を。なまえ様に怪我一つつかないよう、私がずっとついています故」



最近では外出もままならなくなってきたと思う。狗神は隙あればなまえを自分の部屋(小屋の中)へと誘いお茶を出してくれたりする。
それはありがたいのだが、時々小屋から出してもらえないこともあるため、コックリさんも狗神への警戒を強めなるべく近くにいてくれるようになった。

だけどコックリさんにも限界はある。買い出しなどに行っていて一緒にいられないときに、狗神はよく束縛の言葉を口にするのだ。
もちろんコックリさんや信楽が近くにいてもお構いなしに言うのだが。
この場合、いない時の方が言う数が多いと言った方が正しいのだろう。

そして今がその時。コックリさんと信楽が不在の中の出来事だった。



「愛しています。なまえ様がいてくだされば、他は何もいりません」

「狗神…」



すると狗神はなまえの名をもう一度呼び、抱きかかえる。きっとこのまま小屋へと行こうとしているのだろう。狗神はそのまま歩き始めた。
逃げないと…いけないのに。なまえがそう思いながらもいつも逃げられないのは、狗神が自分と話すときにいつもさみしそうな顔をするからであった。



―――


「なまえ様もミルクと砂糖が入ればコーヒーはお飲み出来るんでしたよね? このコーヒーに合ういいものを見つけたんです。よろしければどうぞ」

「うん。……ありがとう」



自分の人形やポスターで埋め尽くされている小屋の中へと入り椅子に座らされてから数分が経ったころ、狗神は自身で淹れたコーヒーをなまえに差し出した。
コーヒーは苦手な方だが、ミルクと砂糖があればなんとか飲める。一度飲めないと言ったときの狗神の悲しそうな表情が忘れられず少しずつ克服を試みているのだ。
ミルクと砂糖を多めに入れなるべく苦さをなくしてから口に含む。それでもやはり苦かった。
狗神のように多量のミルクと砂糖を入れて病にかかったら大変なため、なまえは数杯で止めている。



「……狗神は、私といて楽しいの?」

「――え?」

「私と一緒にいたがるから気になって…。ほら、私って一緒にいても会話が弾まないつまらない女だし」



友達はいらない系女子のなまえは、人とあまり話したことがなかったためか口下手な方である。
自分にとてつもない執着心と恋心を抱いている狗神が不思議でたまらなかった。好かれる要素なんてないのにと、いつも思っていたのだ。
しかし狗神はコーヒーをそっとおくと目を伏せてそんなことありませんと呟いた。



「私はなまえ様でなければ駄目なのでございます…そんなふうにご自分を卑下しないでください」



狗神は席から立ちなまえを背後から抱きしめる。
だがいつものように狗神が息を荒げたりすることはなく、ただなまえを抱きしめていた。
あまりにも珍しくなまえが狗神を横目で凝視したほどだ。



「私には……なまえ様が必要なのです……」



狗神は最近おかしくなってきている。なまえを四六時中自分の元へと置かせようとするし、外にだって出させてくれようとしない。

それでもなまえはなんとなく分かっていた。
少しずつではあるが、色んな人と交流を持ち始めたなまえ。一応主であるなまえを取られてしまうのではないかと焦り、喪失感に襲われる日々。
狗神は安心出来ないのだろう。言葉だけでは不安になってしまうから、先に行動を取って閉じ込める。不器用なやり方でもそれが狗神で、その狗神に好かれたのは紛れもないなまえ自身だ。



「私はどこにもいかないよ」



ずっと、とは約束出来ないけれど一緒にいられるところまで。
コックリさんが自分を助けにきてくれるまでは狗神に安心を与えたい。



「はい…。どこにも行かずに……隣にいてください」



なまえは湯気が少なくなったコーヒーを見つめ、少しでも狗神のさみしさが紛れるよう狗神の腕に手を添えた。
おかしい、と言いながらいつの間にかなまえもそれを許してしまうくらいおかしくなっていたみたいだ。


(20141128)



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