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お前は俺のものだと、彼はいつも私に言った。
別にそれを窮屈だなんて一度も思わなかったし、私も彼も幸せだったからそれでいいんだと思っている。
私と彼はどんな形であれ愛し合っているのだ。要するに私は、今はそれだけで十分だと感じている。
そこで私はダンダンと少しずつ大きくなって此方に近づいてくる音に気付き思考を一時停止する。
目線を部屋の襖へと向けて人が来るのを待つ。と言っても、この部屋にくるのは彼しかいないのだけれど。
「なまえー」
「おかえりなさい」
蛮骨、と呼べば嬉しそうに歯を見せて笑いかけてくれた。
その顔に私も嬉しくなり笑顔を返せば私の元へ来てよしよしと頭を撫でる。温もりに安心して目を細めていると、蛮骨が小さな声でただいまと返した。
「いい子にしてたか?」
「うん。外には出てないから大丈夫」
「そうか。ならいい」
私は蛮骨がいいといった日以外は外に出てはいけないこととなっているため、素直にこの部屋へといたわけだが今日は蛮骨の帰りが遅かったように思える。
もう襖から差し込む光はほとんどなく蛮骨もそれに気づいたのか煉骨あたりから持っていくように言われたのだろう、ろうそくに火をつけた。
「ねえ、今日遅かったけど……」
「あー……実は思ったより向こうの数が多くてな。ちょっと苦労した」
「え。蛮骨がそんなに言うの珍しいね。そんなに苦労したんだ……」
「勝ったけどな。よっ、と」
向こう、というのは敵陣のことだろう。蛮骨は布団の上……もとい私の隣に腰かけ、何を思ったのか私のすっかり伸びてしまった髪を触り始める。
嫌ではないためにされるがままにしていれば、ふと蛮骨が口を開いた。
「――もう少ししたら、出るぞ」
「……了解。どこまでもついていくよ」
「当たり前だろ……どこにも行かさねえよ」
今回の戦も一回で片づけてしまったらしい。本当にあの七人は強いや。
私は蛮骨にそっと寄り掛かって朝が来るのを静かに待った。
―――
「えっ、私もついていくの?」
思わず呆けた声を出してしまったことに気付いて慌てて口をおさえる。
何でも、今回七人隊を雇った大名様が戦が終わったら宿を貸してやろうと聞かないらしい。このままでは仕方なく私も今回の戦に同行することになってしまう。
戦場に赴くのは初めてで自分でも顔が青ざめていくのが分かる。つまりお前も戦えということだろうか。
残念ながら私には戦闘能力なんて微塵もない。耐えたとしても精々十秒程度だろう。
自分で言って悲しいが私は本当にそれくらい弱い生き物なのだ。
どうしようどうしよう、と唸っていると蛮骨はあのな……と私をため息をしたあとに見つめた。
「お前をあんなとこ連れてくかって。なまえはどっか遠いとこ……そうだな……洞窟とか探してそこに隠れてろ」
「洞窟!?」
「天気が崩れたら困るだろ?」
「……たし、かに」
洞窟か……宿の何倍も怖いじゃないか。虫が出ないように祈ろう。
私はこのときはじめて大名の存在を恨んだ。
「あ。でも、私が遠いところに行っちゃったら見つけられないかも……」
「俺がお前を見つけられねえわけがねえだろ」
「……はは、なにそれ」
「――そうだ。お前は笑って待ってればいい」
突如唇に温かい感触が伝わり、それが何か分かったときには恥ずかしさのあまり声にならない声をあげて蛮骨から勢いよく離れた。
当の本人は面白おかしそうに笑っているのだからたちが悪い。
蛮骨は満足したのか少し離れたところにいる仲間の元へ戻るために行ってくると背中を向けた。
うん。私は笑って待っていよう。虫なんて怖くない。私はただ待っていればいいのだから。
「行ってらっしゃい!」
皆にも聞こえるような大きな声で言うと、七人は戦に向かった。
天気が崩れる……かあ。
空を見れば、確かにいくつか不穏な雲が立ち込めていた。
―――
いつの間に寝ていたのだろうか。見つけた洞窟で横になっていた私は目を覚ました。
でも外はまだ明るい。一日中寝るということはないだろうし、どうやら蛮骨たちと離れてからあまり時間は立ってないらしかった。
ごつごつとしたところで寝ていたからか少し体が痛い。小さく伸びをしてから洞窟から出た瞬間、はらはらと何か白いものが頭上からいくつも降ってのに気付いた。
「……雪だ」
再度空を見上げてわあ、と声を出す。
ああでもどうせなら、こういう綺麗な雪は蛮骨と見たかったなあ。
なんていう乙女みたいなことを思いつつ小さく笑みをこぼす。
だけど、私はなぜ気付かなかったのだろうか。瞬間下腹部あたりに強い痛みと気持ち悪さが駆け回りうつ伏せに倒れてしまった。
上から聞こえてくるのは大きな笑い声と馬の走る音。少しずつ重くなっていく瞼を見開いて顔をあげれば、七人隊を雇った大名さまが私の前に立っていた。
「だいみょ、さま……っ」
「お前もすぐにあいつらの元へ連れてってやる」
ちょっと待ってよ……。隠れてろとは言われたけど、殺されろだなんて一言も言われてない……。
「こいつは七人隊の仲間だ!! 思いきり殺れ!」
首元に冷たい刃の感触がした途端に思い浮かんだ愛しいあの人の顔。
死にたくないという感情と早く会いたいという感情で私の頬に涙が伝った。
(20140804)
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