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「……断られて、しまいました……っ」



私の顔を苦しそうな表情で見ながら静かに涙を流すなまえ。
不謹慎ながら、美しいと思ってしまった。

なまえは私が訪れた村の娘で、いつかいろいろな場所を転々と旅することが夢だというのを前に聞いたことがある。
本当はすぐに村から離れるつもりだった。だがなまえと話をする内に楽しさと同時に少しずつ好意を寄せてしまったことに気付く。
こんなあっさりと人を好きになってしまうのは些か問題があるかもしれないが、こんなもの問題などではない。むしろ問題はここから。なんとなまえは妖怪に恋をしていたらしい。

その妖怪はなまえから聞く限り大妖怪であり、無口で人間が嫌いだが時々自分の前に姿を現し話し相手になってくれる、と。喜々として語っていた。

恋をしていた――。なまえは先ほどまで妖怪に恋をしていた。



「なまえ……」

「弥勒さま……わたし、断られてしまいました……」



泣いている理由なんて簡単なことだ。つい先ほど、なまえは妖怪に"思い"を伝えにいったところ断られた。ただ、それだけのこと。

なまえから好きだと言われるだなんて、どれほど幸せなことなのか分からない妖怪に恋をしてしまったかわいそうななまえ。
気持ちを伝えてくるね、と笑った彼女の面影はどこにも残されていなくて、あるのは悲しみだけだった。



「弥勒さま……!」

「……はい」

「わたしっ」

「いいんです。今は泣きなさい」



弱弱しく私の裾を掴み、涙を流し続けるなまえの背中をやさしくさすってやる。

なまえには悪いが、私は妖怪がなまえへの思いを受け取らなかったことに酷く安心していた。
私は彼女に好意を寄せているのだ。もし二人がそういう関係になったのなら、私は村から何も言わず去るつもりだった。好きな女子の惚気を聞くのは辛い。

背中をさすりながら思うことは、どうしたらなまえが泣き止むかなどではなく、



「もう会わないでほしいと、言われてしまって……、どうしたらよいのか……!」

「大丈夫です。私はここにいますよ、なまえ」



どうしたらなまえの気持ちが私に向くか、という最低なものであった。



「なまえ。落ち着いてください」

「嫌だ、嫌です……あの方と離れるなんて、もう会えないなんて」

「なまえ……」



妖怪のことばかり考える頭の中を、私の中でいっぱいにしてみたい。
妖怪のことばかり話す口を、自分の口で塞いでしまいたい。

どろどろとした感情が自分の胸の中に渦巻くのを感じ、気づかれないように邪念を振り払うようそっと首を左右に振る。



「聞いてください」

「……っ、は、い……?」

「これはあくまで提案なのですが、よかったら私と共に来ませんか?」

「え……?」

「こんなあなたを、一人になんてしておけません」



眉を八の字にして、いかにも心配をしているように装い話しかける。
その心の中は薄汚い思いだと告げたら彼女はどんな顔をするのだろうか。今みたいに泣く?それとも驚いた表情で見つめてくるのか?
まあ、そんなこと知りたくもないけれど。



「なまえの夢、私が叶えてあげますよ」



すっかり弱り切ったなまえなら、きっと頷くはずだ。
思った通り、潤んだ瞳で私を数秒見つめたあとおずおずと頷いてくれた。
ああ、よかった。これで私たちはずっと一緒だ。



「弥勒さま……」

「何があっても、私が守ってあげます」



なまえが悲しんでいるというのに、私は本当に最低な男だ。これじゃあ法師だなんて呼べたものではないな。
だけど最低な私だからこそ、こうしてなまえをそばにおくことが出来る。
……なまえ。頼むから、その目で妖怪ではなく、私を映してくれ。

それが、私の願いだ。


(20140718)



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